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自虐癖

(´□`*)。。。

バルコニーの天井に、デカイ蝉、発見!

ミ~ンミンミンと、どこからか聞こえてきた蝉の鳴き声。
おお、今年初めて聞く、蝉の声やなぁ…
などと暢気なことを考えつつ、
どうもやたらに声が近い、もしかしてすぐ傍にいるのでは?と思って、
おそるおそるバルコニーを覗いてみたら、
なんと天井部分にしっかりと張り付いて、馬鹿みたいに
デカイ声で鳴いているではないかーーー!

私は虫全般が嫌いだ。
蝉も怖くて仕方ない。

ずっと昔、ベランダに干していた洗濯物を普通に取り込み、
畳んでいたら、何やらパジャマから、かしゃりしゃりと音が聞こえる。
不思議に思いつつ、後になって箪笥にしまおうとパジャマを手にすると、
やはりどこからか、しゃりかしゃりと妙な音がする。
よくよく見たらパジャマのポケットが、蝉の墓場になっていた。
もう、気が狂いそうだったな。

ゴキは語るまでもないが、私は蝶とかトンボとかも、かなり怖い。
蝶もトンボも、あの身体の真ん中部分がくちゅくちゅしていそうで怖い。
もし間違って親指と人差し指が滑って、あのくちゅくちゅを一気に
どうにかしちゃったら…!って思うと、(´□`川)
居ても立っても居られない気分になる。

実は虫だけではない。
私を刺激するのは、たとえば金魚。
金魚風呂とか、金魚の唐揚げとか、様々な恐ろしい妄想は
今まで何十回何百回となく、私の頭の中に繰り広げられてきた。
ああ怖いよ~(´□`川)

そして白状すると、最近私の中によく浮かぶのが、
ニワトリのトサカのイメージだ。
トサカって何?どうして赤いの?どうしてあんなに唐突なの?って思う。
トサカのギザギザが、なんだかナルトをイメージさせるので、
もしかしたらトサカの触感はナルトに似ているのではないか?
なんて、想ってみたりする。
すると私の中で、トサカをハサミでチョキン!と切る映像が
妙なリアリティをもって繰り広げられてしまう。
お願いだからやめてほしい (´□`川)

ああ…!
自分をイメージだけで虐める術に、長けすぎている。
こんな特技?は要らない。

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おまつり気分

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昨日は田無北口駅前で、
「西東京サマーフェスティバル」とかっていうのが
開催されていた。

メイン通りは大賑わい、見物人の人垣ができていて、
どんな踊りをやっているのか覗き見るには、
私の身長があまりにも足りなかった。

今は西東京まつりの時季で、
市内の各地でいろいろなイベントがこっそりと行われているようだ。

このところ駅近辺を浴衣を着た子供がうろついていたり、
どこかで花火の音がボンボンいっていたり、
今日は近くの総持寺というところで歌の催しと出店などもあるらしく、
6時ごろからドンドンドンと大砲のような音が大きく轟いたりしていた。

なんとなく、気持ちがザワザワする。
もしかしたら本来私は、お祭りが好きなんじゃないだろうか。
などと、思ってみたりする。

私はイベントを楽しまない家庭に育ったので、
なんとなく、楽しみ方を知らないような気がする。

たとえば縁日だとかの賑わいの近くを通っても、
「ああいう露店のおじさんは、おしっこをしても手を洗わないから汚いんだよ」
などと勝手に差別的発言をして素通りし、
子供のはしゃぐ心に水を差す親だったと思う。

うわぁー、ヨーヨー釣りやりたーい!とか
綿アメほしいよー!とか、金魚すくいやってみたーい!とか
そんなふうに駄々をこねたり、夢中になってみたり、したかったな。

どこかでお祭りをしていることを知ると、
なんとなく淋しいような、誰かと行ってみたいような、
でも行ったら淋しくなるような、わからないけどなんとなく、
今でも心がザワザワするんだわ。

そしてお祭りがあったことを知らずにいると、これまた淋しい気持ちになる。
知っていて行かないならいいんだけど、
知らなくて行けなかったって思うことが淋しいんだな。
行ったら行ったでどうってことないことは、百も承知なのにね。

「ねぇねぇ、駅前のお祭り、見にいかな~い?」
などと息子に甘く誘いをかけてみても、鼻をフンと鳴らされるだけ。
「まつりは、興味ないんでね」などと、冷たく突き放されちゃったわよ。

だから私、買い物がてら一人で駅前をうろついてみた。
写真の団扇だけは受け取ったけど、
一人でかき氷食べる気にもならず、催し物はなんにも見えなかったのよ。

ふーんだ。

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母の服と靴

母の部屋にずらりと並んだ、数えきれないほどの服を、
プラスティックの衣装ケースに入った、腐るほどの服を、
玄関収納の中にずらりと並んだ靴を、
どうにかしなくてはいけない。

母の三人の娘たちも、たった一人の母の妹も、
皆150センチか152~3センチほどしか身長がないから、
160センチで13号サイズ、その後いくらか痩せてから11号サイズを
しっかり着こなしていた母の服を、
誰ひとりとしてそのまま着ることができない。

裾丈や袖丈が長すぎるし、肩幅も大きすぎるし、
それにデザイン的にも似合わないものばかりだ。

一年以上ほったらかしの服たちを、いいかげん処分しなくてはいけないだろうと、
長いこと姉と途方に暮れている。

母の服は皆、どれもそこそこに高級だ。
高級ではあるけれど、いわゆるブランド物ではなく、
買い取りに値がつくようなことはおそらくないはずだ。
それでも捨てるにはあまりにも、あまりにももったいなくて、
ほとんどが数えるほども着ていないものばかりだと思う。

「私のクローゼットの中にある、確か三越で買った、
黒のリボンレースの、シャツとブラウスとスカートとパンツのセットがあるのよ。
まだ一度も着てないの。あれを陰干ししておいてほしいのよ」

などと、ついこの間も急に思いついて口に出す母だ。
服への執着だけは強い。
だから間違っても、「全部処分しちゃおうよ」なんてことは言えない。
だって母はまだ、病気が治ったら素敵な服を着て
どこへ行こうかと思い巡らしているのだ。

母が突然「あの服を持ってきて!」などと言い出す可能性もあるわけで、
その記憶力の確かさと執着の強さから、まだ処分できずにいる。
しかし母の服の一部は、すでに確実にカビが発生してきていて、
このまま放置することは難しいとも思われる。

母が入院して、はや一年以上が経った。
母が部屋に戻ることはない。
やっぱりこの夏に、決断、実行に移すしかないかなぁ。

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施されるってこと

自分でするのもいいけれど、
やっぱり他人の手でやってもらう、施されるって感じは、
まったくもう、別物の心地よさだわね。

何って、マッサージのお話。

去年の春から始めたヨガのおかげで、どうのこうの私は、
この一年間、ほとんどマッサージや整体の類いのお世話にならずにきた。
首がこった腰がだるい、そんなときは懸命に、
自分で身体を曲げたりひねったりなどして調整してきた。

これよこれ!やっぱり自分で頑張らなきゃ!
自分の身体は自分でケアできなくちゃ。誰かに頼ってちゃダメなのよ!
と、頑なな思いに囚われていた私だったけれど、
ちょっと前にどうにも体調が悪く、
母の病院からの帰り道マッサージを受けてからというもの、
再び快感が蘇ってしまったのだった。

今週は月曜火曜と調子が悪く、腸の不調、胃の痛み、肩コリ首コリ全身のだるさ、
でどうしようもなく、私は昨日、またまたマッサージやさんに飛び込んだ。
前回行ったところは混んでいたので、もっと家に近い、
「リフレッシュセンター・リラックス」ってところにアポなしで飛び込んだ。

足の浮腫みがひどいと言われ、肩も背中も首も硬すぎると言われ、
ああ、45分間、極楽だったわ~。
自分でケアするのも大事だけれど、まあいいじゃないの。
やっぱり施されるのって素敵だわよ。
それなりのお金を払って、施しを受ける。

「また、ほぐしに来てください」と言われ、
はいはい、また来ますよ!と、心の中で返事をした。

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寿命

私ってば、あとどれくらい生きられるかしら。

たとえば私と同じような年齢の人間であっても、両親ともに健在だったり、
親戚とかにも長生きの人が多かったりすると、
なんとなくまだまだ死ってものが遠くに在って、
自分の最期のことまで、考える気にもならないってこと、あるのかもしれない。

私なんて時々、お墓のことまで考えるわよ。
もう、住むところはとりあえずあるし、あとは最終的に眠る場所ね。
霊園のチラシなんかを、ついじっと見つめたりする。

バラの咲き乱れる霊園、かぁ…
なんか風格はないけど、そんなんもいいかなあとか思ったり。
まあ、まだ実際、手を打つまでのことはしないだろうと思っている。

朝起きて、ふと体調が悪いことに気づいたりすると、
「もしかしていつのまに病魔が…」などと、思うことがある。
たとえば今日みたいに、なんとなく腸の具合がよろしくないような気がすると、
まったく検査もしていないことだし、いつのまにやら私の腸内に癌細胞が…
などと考えてみたりする。

1~2年前母に、「お父さんの癌って、何ガンだったっけ?」と訊いた。
「大腸ガンよ」と、その時母は確信に満ちた声で言った。

あら、そうだったかしら?私の記憶では確か、「珍しい小腸ガン」だったけど。
小腸は長いので、手術の時に悪いところを、
何メートルだかも切除したって、聞いた記憶があるのよ。
だけど母が「大腸ガン」と言い切るからには違うのかな。
でも母の記憶、特になぜか父の病気についての記憶は
恐ろしいほどいい加減だったりすることを私は知っている。

それで今度は姉(長女)に訊いたんだった。
「お父さんって何ガンだったっけ?」
姉はこれまたきっぱりと「直腸ガンでしょ!」って言った。
「あらぁ、違ったっけ?」って。

私は自分の記憶の、小腸ガンに、一票。


先日母が病床で、「私も、いつかは死ぬのかなぁ」と、
なんだか切羽つまった声で言う。
「そっりゃあ、いつかは死ぬわよ、誰だって」とちょっと呆れて私が言うと、
「まあ、77まで生きりゃあね」と、母はいくらか冷静さを取り戻した。

どうしても私は、自分が長生きする気がしない。
それでもまあ、父よりはすでに4年も長く生きている。

そうね、70歳くらい、かな。
あと、20年ちょっとかぁ。

ああ、もっと一生懸命生きようっと。

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ドラッグストアでお買いもの

田無に引っ越してきてから、
なんやかんやで私が一番たくさんお金を消費したのは、
おそらくドラッグストアのHACではないかと思う。

ここは私の、日ごろのストレス発散の場だったりする。
発散っていったって、どうってことのない行為。
とりあえず必要と思う日用品を、スパスパと購入するってだけのこと。

日焼け止めだとか栄養ドリンクだとか旅行用歯ブラシセットだとか
綿棒だとか制汗剤だとかポケットティシュだとかマスカラだとか目薬だとか、
そういったもんを買うだけのこと。

ここ最近はそういうものに加えて、虫対策グッズを様々購入。
虫を寄せ付けないハーブ系の置き型ジェルだとか
部屋に1日一回スプレーするタイプの殺虫剤だとか
引っ越しの際に、どさくさにまぎれて、ええ~い捨ててしまえ~と
うっかり捨ててしまったために、新しく、アースノーマットだとか。

数日前、キッチンに小さな虫が数匹飛んでいることに気づいた。
私はそいつらを昔から「こむし」と呼んでいた。
小さな小さな虫なので怖くもなく、見れば手で叩いていた。
だって蚊よりも小さくて、怖くないもの。

だけど最近、『もしかしてこいつらは、「コバエ」と呼ばれる奴等では?』
と思い、そう思ったとたんに気持ち悪くなってしまった。
私はハエを手で叩いていたのかと思うと、
ああ知らないって幸せなことなんだなあと実感。

「コバエがほいほい」なんていう商品があって、
私はデザイン重視で「コバエ激取れ」のほうを選択、購入。
3日経って、たったの1匹しか捕獲できていない。
そもそも、ムキになって叩いて数匹退治して以来、ほとんど見かけなくなっていた。
無駄だったのか、「コバエ激取れ」。

今日は蚊が1匹部屋に侵入し、クライアントさんが腕を2か所もさされてしまった。
だから今日の夕方、ムキになって、蚊対策グッズをHACで購入。

先日は虫の侵入を恐れて、「網戸に虫こない」を大量にスプレーしてみた。
すると。
いつのまにか網戸に、埃がたくさん付着していた。

大嫌いな虫のために、私は毎年たくさんのお金を費やす。
ドラッグストアから、日ごろのご愛顧に感謝して
粗品のひとつでも貰いたい気分だよ。

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犬みたいな猿みたいな奴等

母、久しぶりに幻視、爆裂。

「アンタにいいもの見せてあげる」と言って、病室の天井の、
埋め込み型エアコンを指さす。

「ほら、エレベーターみたいのがあるでしょ?」
「エアコンの吹き出し口のこと?」
「そうよ。吹き出し口のところに、犬みたいな猿みたいなヤツが、
ぶら下がったり中覗いたりしてるでしょ?」

母いわく、
その吹き出し口の中には、虎が鼻先を覗かせて待ち構えているので、
犬みたいな猿みたいな奴等は、怖くて中に入れないんだそうだ。

「いやだっ。眼鏡かけてるわ」と、母はほんとうに可笑しそうに笑う。
「犬みたいな猿みたいなヤツが?」と私が訊くと、
「そうよ」と答える。

そのうち吹き出し口の中に控えているのは、
いつのまにか虎ではなくて、「大型犬ね」に変わってしまう。

「ずいぶん小さい大型犬ね」と私が言うと、
「そうよ。これくらい」と、指で10センチくらいの幅をつくって見せる。

ああ、前にもおんなじようなことがあったわね~。
確かカーテンレールのところに、眼鏡をかけた小さな円鏡に似た人が
いたんだったっけね。

母はよく曲がらない首を私のほうに向けて、
「見えないのっ!?」と、ちょっとイラついた声を出す。

「そんなに可愛い奴等、私も見たいわよ、残念だわ」と、
相変わらず同じような、調子のいいことを言って返す。

今日、母の両足は驚くほど固く硬直していて、マッサージをしても
なかなか膝が曲がらない。いつものように屈伸させようとしても、
「痛い…」と言うだけで、曲がらない。
母の顔が曇る。

月曜の午前はリハビリの日なので、今日も母はとても頑張ったらしいのだが。
「リハビリ頑張りすぎたんじゃない?反動なのかな」
と、これまた適当なことを言うと、母の顔はどんどん暗くなっていく。

リハビリを重ねて、いつか歩けることを夢見ているのに、
努力の結果余計に強い硬直がおきてしまったことが、ショックだったのだろう。

「今日はすごくよく曲がったのよ」
リハビリ中は、とても調子が良かったらしい。

「今日もマットの上を転がったの?」と訊くと、「そうよ」と言う。
母は頑張っているのだ。

「頑張りすぎると、そのあとに硬直がひどくなるなら、
そのことを今度先生に言ったほうがいいかもね。
そこそこ頑張る程度のほうが、いいのかもよ。頑張り過ぎないほうが…」

私のとってつけたような慰めは、母の心を癒しはしない。
母はどんよりとしている。

もともと身体の健康な人が、なんらかのきっかけで機能が衰えたのであれば、
リハビリをすることでどんどん回復につながるのは当然のことだろう。
母の場合は、心のリハビリにすぎない。
枝のようだった足が、石のようになっている。

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いつもいつも、同じような写真ばかりを
どうして私は撮りたがるのか。

だってそれでも見るたび私は、
心を動かされてしまうんだよ。

今日の午後6時58分の西の空。
山の向こうに陽が沈んでも、
まだまだ空はこんなにも、
美しい余韻を残している。

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声なき笑い

一年前の今日は、こんな感じの母だった。

妄想爆裂で、面白いやら哀しいやらせつないやら、
でも今と比べたら、ずいぶんしっかりとした声で、たくさん話せていたな。

最近の母は、声がどんどん小さくなっていく。
これもまた、パーキンソン症候群の症状のひとつだ。

去年の、夢見る少女のように瞳をキラキラさせながら
様々な妄想ストーリーを語る母は、今思えばずいぶんパワーがあったな。
今と比べたら声も大きく、はっきりとしていた。

この頃ふと、昔の母を想い出す。
私が子供だった頃の母。
太っていて大きくて(今も大きいけど)、高くて明るい声で、
ニワトリみたいにひきつり笑いをする人だった。
ココココココケーーーッコッコッコ!

そういえば母はよく笑う人だった。
くだらないことを言っては笑ったり、子供を笑わせたりするのが好きな人だった。

子供の私には、母の抱える暗さだとか、
誰かに対する不快な感情だとか人生に対するつまらなさだとか諦めだとか、
そんなものを推し量ることは到底できなかったから、
子供の私にとっての母は、
いつも明るくて優しくて、楽しい人だったように思う。

最近の母がいちばん顔をくしゃくしゃにさせて笑うのは、
私がベッドの上の母の身体を、上方に移動させる瞬間だ。
おやつを食べるためにベッドを起こしていると、どうしても身体が
下方にずれていくので、いったんベッドを平らにしてから、
母の両脇に手を差し込んで、力いっぱい母の身体を
持ち上げるようにして移動させるのだ。

その時に私がかける掛け声が、母は可笑しくてたまらない。
「いくわよ!」と呼びかけると、母はもう、笑いをこらえて顔をひきつらせている。

「…へっっ!!」
とお腹に力をこめて、母を持ち上げる。

私の「へっ!」が可笑しいと、母は顔を歪めて笑うのだけれど、声が出ない。
だからなんだか痛々しい。

この頃は「へっ!」じゃなくって「ふうぅぅ…んんん…!」に変わった。
別に変えようと思ったわけじゃない。
力の入れ具合が微妙に変化しただけだ。

そうか。
母は笑い声を失ったのだな。
声をあげて笑うということが、なくなってしまったのだ。
そもそも、声をあげて笑うほどの楽しいことが、あるはずもないか。

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バルコニーから眺めた
早朝の空。

マンション廊下から眺めた
夕刻の空。

どちらも、美しいよ。

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願いごと

今日は七夕だってねぇ。

どうなの?今は外、晴れているのかしら?

雲は多めだったけれど、時折強い日差しが照りつけて、
今日は空の青いきれいな一日だった。

息子は期末試験の真っ最中で、いつもと同様よく寝ている。
前回「夜中の12時から2時間、狂ったように集中してやったら、
8時間勉強したヤツより成績が良かった」とかいう妙な自信を身につけ、
なんとなく余裕の息子である。
午後、5時間以上爆睡し、今は将棋を指す駒音が聞こえる。
試験中になるときまって将棋を指したくなる男なんだな。

娘はライブ、バイト、ライブ、バイトバイトバイトバイト。みたいな日々で。
バイト週6日のこともあったりして、
「それはちょっと働き過ぎじゃないの?」なんて言おうものなら、
「美容師やってたと思ってごらんよ。みんなもっと長く働いてるんだよ」
と反撃してくる。

だってあなた、それがイヤで、
美容師やめたっていうのもあったんじゃなかったっけ?
なんて言おうものなら間違いなく怒りそうだから、言わずにおく。

バイト先で、どうやら娘は売上トップを誇るらしく、
店側からできるだけ出勤するよう頼まれているらしい。
注文の際にさりげなく「店イチオシの商品」を勧め、
客がそれを注文することによって得られる売上高が、
娘の接客時が一番多いということらしい。

「言い方だよ」と、娘はきっぱりと自信に満ちて言う。
どんなに素敵な言い方をしているのか、私にも聞かせてほしいよ。
娘はきっと、お得意の最高に可愛らしいつくり笑顔でお客に向うんだろうな。

ああ、高いお金をかけて矯正をして、良かったとつくづく思うよ。
綺麗な歯並びは、売上も伸ばすんだ。(←思い込み)

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来年50歳を迎える日本国内の女性は、
どんな願いごとを胸に秘めるているのかな。

みんな、何をどうしたいって願っているの?
誰の何を、祈っているの?


昨日母の病棟の廊下に、
七夕飾りがあった。
患者さんに答えてもらった願いごとを、
スタッフが短冊に書いて、吊るしてあった。

「病気が直りますように」
母の短冊にはそう書いてあった。

「治る」ではなく「直る」と書いた、スタッフのささやかな誤字に、
母は気分がよくないらしい。


私はね、しあわせになりたいよ。
今でも充分しあわせだけど、もっとしあわせになりたいよ。

どんなしあわせかっていったら…
そんなのは秘密だわよ。

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母が欲しかったもの

母の隣のベッドに、新しい患者さんが入った。

総入れ歯をはずした顔はどう見ても80代後半かと思われ、
だけど指には指輪が光り、爪にはマニキュアが施されている。
時々腕を伸ばして宙を泳がせている以外は、ずっと静かに横たわっている。

時々顔を見せるという男性を、母は隣の女性の旦那だという。

「いい歳して気持ち悪いのよ。手なんか握っちゃって、
『お母さん、すっごくいい顔してるよ。ほんとにきれいだね、きれいだきれいだ』
って、べた惚れなのよ。馬鹿みたい!」 と吐き捨てるように言う。

私は先日、その「旦那」とやらを見た。
どう見ても60代前半。まだまだ動きも軽やかな、隣の女性の「息子」である。

確かに息子、やたらに口が上手くって、
「お母さん、ずいぶん元気な顔になったよ。入院したときより
ずっといい顔してるよ。早く治って、ご飯を食べられるようにしようねぇ」
そう言いながら、母親の手を握り、擦っている。

「何よ、息子じゃない。どう見たって息子よ、あれは」と
私は母の耳元に顔を近付けて、小声で囁く。すると母は、
「息子があんなふうに、母親の手なんか握るわけないでしょ。あれは旦那よ」
と言い張る。

「お母さんって呼んでるじゃない」と私がさらに言うと、
「そう呼ぶ夫婦だっているでしょ」と、どうにも「夫婦説」を曲げない。

母いわく、隣の女性は老けて見えるが自分よりも年下にちがいない。
あれは間違いなく夫だ。

私もそこまで否定する気もないので、「ふ~ん、そうなの?」ってことにした。

「息子」は口が上手いだけあって、さすがに調子がよく、
「ああ、お母さん、眠たいんだね。そうなんだねぇ。
じゃあもう帰るからね。ゆっくり休むんだよぉ」などと甘く呼びかけ、
あっという間に病室を去っていった。 ふ~ん…


今日母の元を訪れると、母は昨日隣にもう一人の男がやってきたと話す。
「旦那の弟らしいの」って母は言う。
母の中ではなんとしてでも「旦那」なのだ。

「旦那の弟」は大男で目がギョロリとしていて、汗臭いんだそうだ。
「兄の妻」が目を覚まさないのでなんとなく居場所がなく、
部屋の真ん中に突っ立っていたんだそうだ。

「私、何かされるんじゃないかって、ドキドキしちゃった」と
母は乙女の恥じらい?を見せる。
今でも時々、自分がまだまだ若くて綺麗で、
そういう対象になり得るとでも思っているみたいだ。

母はとなりの「旦那」が、優しく「妻」の手を握り、
褒めまくっていることがどうやら気に入らないらしい。
母がかつて夫からもらうことのできなかった類いの愛情表現を、
溢れんばかりに受け取っている隣の「妻」のことが、
妬ましくて仕方ないのだ。

「でも、お父さんだって私に言ったもんね。
お父さんが死ぬちょっと前よ。病室で私に、
『おまえと一緒になって、本当によかったよ』って」

母が父からプレゼントされた、最初で最後の、愛の言葉だったのかな。


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西武新宿線の秘密

梅雨の時季は、いろんなにおいがあちらこちらに散らばっている。

汗とか体臭とか加齢臭とかカビ臭さとか。
排水パイプから立ち上る臭いだとかゆうべのカレーの残り香だとか。

「朝の西武新宿線のニオイがたまらない」と、
息子は最近通学前の防臭に力を注いでいる。
「あの朝の電車のニオイを嗅ぐと、自分はああはなるまいと」

なかなかいい心がけである。

しかし一日着用していた息子の制服のワイシャツなどは、
私的にはかなり、お手上げ状態なほどに臭う。

「帰り道はいいんだよ。問題は朝だ」と、
ワケのわかるようなわからないようなことを息子は言う。

以前使っていた大江戸線、その前に使っていた有楽町線などに比べると、
西武新宿線は乗客の雰囲気が違う。乗っている人種が違うと、
息子は転居間もなく気づいたようだった。
まあまあそりゃあね、都庁やら六本木やらに向う大江戸線に比べたら。

西武新宿線沿線には、貧乏学生がたくさん住んでいるみたいだ。
家賃が安いんだろう。
ギター背負った若者とかをよく見かける。
食生活も衛生状態もよろしくない若者なんかもいるんだろう。

それから息子いわく、
「やたらにデカイ男が多いんだけど」

うん。私も結構たくさん見るよ。
なんだかわからないけど、やたらに身体の大きな男。
田無駅のホームで電車を待っていると、なぜか次々現れる、巨大な若い男。
のっぽ、ではなくて、デカイ。たてよこデカイ。
ビジネスマンではなさそうだ。ええい、何者よ?

ひょっとしてどこかに、秘密結社「巨人クラブ」とか存在してるんじゃ?

「隣に立っていたデカイ男の頬に、【美術】って上手な字で書いてあった」

息子の証言に、娘と私は大笑いをした。
まったく意味がわからない。
謎である。

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図々しいエコライフ?

田無の西友LIVIN地下の食品売り場で、時々見かける光景。

買ったものの包装材をすべて剥がし、備え付けの薄いポリ袋に
入れ替えていく人たち。
私が今まで見てきたところに限っては、それってまず、高齢者。

凄いんだわ、それがなかなか。

発砲スチロールのトレイに入ったひき肉も、ラップを剥がし、直接ポリ袋へ。
トレイはカウンターの下に設置されたゴミ箱へポイ。

3個入りのパスコのカマンベールチーズ入りロールパンも、
袋を破り、ポリ袋へ詰め直す。
本来パンが入っていた袋とその中のトレイは付属のゴミ箱へポイ。

おばさん、漬物まで袋を無理やりこじ開けて、入れ替えようとする。
ちょっといいかげんにしたら?と思う。

「私の家からは、プラゴミはいっさい出しませんのよ」っていう主義?
まさかそれって、「我が家はエコライフ」とか勘違いしてるんじゃないわよね?

確かにどのゴミ袋を一番消費するかっていえば、
西東京市指定のピンク色のゴミ袋、プラスチック資源回収ゴミ用の袋だわよ。
食品トレイの回収はしていないので、それらも皆、
プラゴミ用の袋に入れて捨てなきゃいけない。

気付けば生活していく中で生まれるゴミのほとんどが、
プラゴミであることに気づかされる。
だからゴミ袋代だって、馬鹿にならないのは良く解ります。

それでもやたら堂々と食品をポリ袋に詰め替えて、
エコバッグにしまいこんでいくお爺さんやお婆さんたちには、
汚れたまま捨てた包装材の行方と付属のゴミ箱がどれだけ汚れるか、
よぉく考えてほしいわね。
店側のゴミ処分費がかさむことも考えなくちゃね。

それでもやっぱり客のニーズに応えるのが商売。
1本98円の特売とうもろこしの前には、大きなゴミ箱が2台、置かれていた。
おばさんたちが競うようにして、トウモロコシの皮をガシガシと剥いていたよ。
わかるわぁ。あれってかさばるもの。
可燃ごみの袋が、すぐにいっぱいになっちゃうもの。

おばさんたちはトウモロコシを丸裸にして、満足げにカゴに入れていた。

需要と供給、エコとエゴ。
なかなか難しいなあと思う、今日この頃。

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