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リハビリに燃える

この頃の母は、またひと味風情が変わってきていて。
なんていったらいいのか…、
馬鹿っぽいときの表情が、ほんとに馬鹿っぽいっていうか…。

正常な部分とおかしい部分の差が、どんどん際立ってきている。

今週の月曜日から、念願のリハビリが始まったのだ。
今までもリハビリの先生がベッドサイドに見えて、
硬直した足の曲げ伸ばし運動なんかは定期的にしていた。

母は病院の2階にある、「リハビリ室」へ行って、本格的なリハビリをしたいと
ずっと思っていたのだ。
よくテレビなんかで見かけるような、バーが2本あって、
両脇を支えながら歩行訓練をするようなやつ、
ああいったことを想像したいたに違いないと思う。  

リハビリ室に通えば、自分もやがて歩くことができるようになると、
どこかできっちりと信じている。

リハビリ室に行く日が決まってから、母は大騒ぎをしていた。
リハビリ用の服が要るとか、リハビリ室に出かける時の小さな手提げが要るとか。
そのためだけにスタッフの手を煩わせて着替えを要求するのはあまりにも迷惑だし、
第一みんなパジャマのまま行くもんなんだよと、
何度言っても納得しない様子だった。

いつの何時からリハビリ室に行くかをメモしてもらった紙を、
母は何度も確認したがる。風で飛んでいかないかと私に訊ねる。
「6月22日、月曜日の10時から…」と私がメモを読み上げると、
10時、の文字を指さして、「何て書いてあるの?読めないわ」と母は言う。

「10時、よ」と私が言うと、母は目を凝らし、
「肝腫瘍…。肝腫瘍って書いてあるでしょ?私怖くなっちゃった。
私、肝腫瘍なのかと思って…」と言う。

まったく【10時】のどこが【肝腫瘍】なんだかね。
よくそんな難しい文字に見えるものだわね。
幻視って本当に不思議。


月曜日、直前になって、母は時々あるように曜日の感覚を失い、
当日がリハビリスタートの日であることを忘れていたという。
お迎えが来てビックリしてしまい、慌ててティシュボックスの中から
ティシュを大胆に束で抜き取り、二つに折って
リハビリ室まで持参しようとしたらしい。
「ポケットティシュを持ってなかったから」という理由。

私がその日の午後病室へ行くと、ベッドサイドに二つ折の
ティシュの束が置かれてあった。
「アンタもリハビリに行ってごらん。いい男がたくさんいるのよ」
と母は言う。作業療法士だとかの若い男性スタッフが、
みななかなかのイケメンだというのだ。


木曜日、母は二度目のリハビリを行った。
今日母のところへ行くと、母は顔をパッと輝かせて、得意げに話し出す。

昨日、自走式の車椅子に乗って、手で車輪を押してみたのだという。
車椅子は滑らかに動いて、母は自力で何メートルかの距離を
車椅子で移動することに成功した。
それを担当の女医に伝えると、「すごいじゃない!」とべた褒めされたのだと、
母は目をキラキラさせて私に報告する。
母の瞳には、明るい未来が映っている。

廊下で今日、私は担当医に声をかけられた。
「本人にとっては、私たちが100メートル全力疾走したくらいの
エネルギーを使ったんでしょうね。昨日の晩はぐっすりだったって」
どんどん頑張りましょうと、担当医は明るく言う。

母のよく解らない意欲だとか前向きな姿勢だとかは、
母の一部が壊れているからこそ出てきているものだと思う。
昔のまったく正常な母だったら、おそらくそんなふうなやる気は
絶対におこらなかったと断言できる。

人間、何かを失うと、代わりに何かを得るってこと、あるのかもしれないわね。

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