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番人

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トイレの蛇口の番人。

昔から私のもとにいる、
大好きなキューピーちゃん、ふたり。

どうしてこんなとこに立たせられているのかといえば、
息子が時々、水を流しっぱなしにするからだ。

どうしてひねった蛇口を元に戻さないのか?
水を流しっぱなしにしてトイレを去るのか?

私にはどうしても理解できないのだけれど、
でももしかしたら今まで使ってきたタンク式のトイレの、
タンクの上についた蛇口で手を洗う習慣がしみ込んでいて、
自然と止まるあの水のように、自分でひねっておきながら意識のどこかで、
勝手に止まるものとトイレを去るのかもしれない。
それに大抵彼は、何かしらの本やら雑誌やらをトイレで読み漁っているものだから、
自分の手足がどこでどんな振舞いをしているか、全く関知していないのだ。

「トイレで手とか、洗うことないでしょっ!?」
と、かなり偏ったことを言い放つ娘をたしなめて、
どうにか蛇口に意識が向かうよう、
私の可愛いキューピーちゃんの立ち位置を移動させてみた。
彼等はもともと、トイレの棚の上にディスプレイされていたのだ。

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自分で言うのもなんだけど、
これはもうたまらなく、
愛しいトイレになってしまったよ。
だって、見てくださいよ、
この可愛さ。

蛇口をひねると、
上のキューピーちゃんも一緒に
回転しちゃうんだから。

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天井の世界

こんなに母が暗いのは、久しぶりだろうか。

母の顔は動かなくて、目はずっと天井を見つめている。
唇はわずかに開いたままだ。
私の話を聴きながら(耳だけは異常に良い)、時々少しだけ
眉間を曇らせたりする。以前は笑ってくれたような話にも、
母がちょっと不快そうに顔を歪めるので、
なんだか悪いことを言ってしまったような気がしたりもする。

おそらく頬の筋肉も、口の周りの筋肉も、
いろんなところの硬直が進んでいるのだろう。
家族の前では気を遣わないから、母の表情は固まったまま、
自分からあまり言葉も発しない。

それでも誰か他人がやってくると、
母は一瞬口角を上げて、笑顔をつくろうとする。
だけどそのつくり笑顔は、どこから見てもあまりにもぎこちなくて、
下手くそな漫画が貼りついたみたいに見える。

「どうしてずっと天井ばっかり見てるのって、看護婦さんに訊かれるのよ。
こっちは一日寝てるのよ。天井しか見ることできないじゃないのよ」

顔を近づけないと聞き取れないほどの小さな声で、母は愚痴る。

久しぶりに今日は、病室にいろんなものが見える。
いつも見えるのだろうけれど、あまり口にしないこともあるのだ。
天井にたくさんの蜘蛛。斜め向かいのベッドの下に3匹の猫。
向いのお婆さんは、口にネズミを頬張った。
それから自分の車椅子の引出し(なんてものはあるはずなく)に
カセットテープが入っているだろうと言い張る。

「いつ、歩けるようになるんだろう。早く、歩きたいなぁ…」

と、天井を見つめたまま無表情の、
わずかに哀しそうな顔をした母が呟く。

「そうね。熱が下がった!みたいに、急には無理だよね。
少しずつ、訓練していって…、だよね」

私がわざとらしくそんなふうに言うと、
母は瞬きをして、YESの合図をする。

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その後の偏平足

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みんな、知ってるかい?

こういうのを、
へいぺいそくっていうんだよ。

息子の偏平足の写真を、
以前ブログに載せたらば、
「偏平足」で画像検索した結果、
息子の足の裏の画像にたどり着く人が
意外と多くいることを知っている。

息子、相変わらず偏平足。

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実は私も、結構偏平足かも。
ここまでじゃないけど。

だからちょっと長く歩くと疲れるのかな。

足の裏っていうのは
だいたいこんなもんだろうと
思って(勘違いして)いるので、
他人の足の裏、土踏まずを見ると、
どうにかしちゃったのではないかと
逆に心配になる。

何かを踏みたくなくって、
無理やり足の裏をへこましているのかと、
心配になる。

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嘘つき

いつの間にか私、嘘をつくのが上手くなった。

実は先月のはじめに、母の部屋を姉と3人で整理したのだ。
長いこと家主不在の部屋は、姉が時々換気してくれるとはいえ
クローゼットの中の服や玄関収納の中にも、
カビが生えたり、し始めていた。

もともと整理の下手な母。掃除をしない母。物を買い込むのが好きな母だ。
使いきらないうちにどんどん買い足されたものたち、
使ってみようかといういっときの気まぐれで試し買いされたものたち、
母がいた場所は、とにかく物が溢れていた。

母がもう、この部屋に戻ってこれることはないと、
私たちは一大決心をして、粗大ゴミ引き取り処分業者を呼び、
要らないものを片っ端から処分してもらったのだ。

事前に引き出しの中や箪笥の中のものを全部出し、
貴重なものや想い出のもの、私たちが欲しいものなどはきちんと取り分け、
どうしようもない多くのものを、一度に処分した。

とはいってもまだまだ、処分しきれないままの食器や
最も多く場所をとっている母の洋服、靴はそのまま手つかずだ。

ベッドについては母自ら「捨てて」と言うので、これも処分した。
桐の和箪笥と仏壇は長女の部屋に、という母の要望ももその通りに叶えた。
だけどそれ以外は、元のままの自分の部屋が
元のとおりにそこに在ると、母は信じている。

母は時々思い出して、アレを持ってきて、コレを持ってきてと言う。
「私の部屋のテレビの横の、千代紙を貼った小引き出しの中に、
鳩居堂で買ったきれいな葉書があるのよ。
友達に手紙を書きたいから持ってきて」だとか、

「鏡のある箪笥の真ん中の引出しに、練馬のもう潰れちゃった化粧品やで買った、
資生堂の香水があるのよ。寝汗をかいて気持ち悪いから、
それを持ってきて」だとか、言う。

そういう言葉を聞くたびに私は、頭の中で
『私がもらったアレのことか?姉と捨てちゃったアノ辺のものか?』と
記憶を手繰りよせ、だけど面倒臭くなって適当なことを言う。

「ああ、どうだったかなぁ。罫の入ったやつ?
今度お姉ちゃんに探してもらってみるね。もしなかったら、
綺麗なのを買ってくるよ」とかなんとか。

「もしかして、オレンジっぽい色の瓶のやつ?あれはオーデコロンかな?
でもそんなのつけたら匂っちゃって余計に臭くなるかもよ?
シャワーミストっていうやつがいいんじゃない?
バラの花のいい匂いのやつが売ってるよ。買ってこようか?」とかなんとか。

嘘をつくのは好きではないし、決して上手い方ではないと思っている。
でも母に対してだけは、この頃上手に嘘を重ねる。

「お母さんの部屋はもう、ガラガラのぐちゃぐちゃよ」
「お母さんはもう、二度とあの部屋に戻れないのよ」
「お母さんの病気は治ることはないのよ」
「お母さんはもう二度と、歩くことなんかできないのよ」
「お母さんは、認知症なのよ」

母を絶望に追いやる言葉は、いくらでもある。
とても簡単で、簡潔な言葉だ。

それだから私は、日ごとに誤魔化しのプロになり、
嘘つき名人になっていくのだ。

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風と線香花火

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昼間に、風をつかまえたよ。


そして今日も、夕暮れを見た。
この三日間、
毎日西の空が美しい。

紅く、燃えていて、
プルプルとふるえているように見えた。

山の間に落ちていく、
線香花火の紅い実だ。

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シリーズ第四弾

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最近大人気(私のなかで)のこのシリーズ、
いろんな雑貨店を覗くたびに
目にするようになった。

今日、吉祥寺に用事があって、
先日3匹の猫を買ったお店を覗いたけれど、
今回イマイチなものばかりで。

それで今度はパルコの中の雑貨屋を覗いて、
すぐに可愛いのを見つけた。
私、欲しいものは迷わないタチ。
一目見て、買うか買わないか、決まる。
だいたいのものがそう。
たまに、異常なくらい迷うこともあるけど。

ほらほら。
いろんな動物がいるのよ。
これが前。

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そしてこれが後ろ。

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今日も一日が暮れる

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夕飯の支度をしながら、
ふとキッチンの東向きの窓を覗くと、
向いのビルの窓ガラスに
夕焼けが映っているのが見える。

南向きのバルコニーに出て、
西の空を覗き込むけれど、
いまひとつしっかりと見えない。

我が家のバルコニーには手すりの手前に
室内の梁に相当する部分の出っ張りがあって、
バルコニーにその出っ張りがあるおかげで
室内の掃きだしの窓上部分に梁がなく、
天井までの大きな窓が実現しているのだと、
よく意味がわからないんだけれどそんな説明があって、
バルコニーのその出っ張り部分に腰をかけて空を見上げるのが、
天気の良い日の私のいちばんの楽しみだったりする。

今日は風が気持ち良くって、
ああこうしてしばらくこのままでいたいと思いながら、
でももう一品、何かおかずを、ジャガイモでも使って
何かしらの煮物を…なんて考えているところに娘が帰宅。

「お母さん、すごい夕焼けだよ。外の廊下へ出てごらん」
と言うので、カメラを持って急いで玄関を出た。

私の住むマンションは、廊下はそれぞれの棟が内側を向いているけれど、
ホテルライクな内廊下仕様、ってほどに高級マンションではないので、
建物の隙間から外が見える。

あまり美しいとも思えないフォルムで立っているのが、
昔の田無タワー。今は西東京スカイタワーとかなんとか呼ぶらしい。

ああ、今日も一日が暮れていくなぁ。
今日も一日、無事に過ごせたなぁ。

淋しくて穏やかで、今日も綺麗な一日だったなぁ。

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デカイ声

我が家のバルコニーから斜め下を見下ろすと、警察署が見える。

朝8時半になると、屋上で、あるいは裏庭で、
お巡りさんたちがバッチリと勢揃いして、号令に合わせてケイレイ!
とかしている。

デカイ声だなあと思う。世界中に響くような、勇ましい声の号令だ。
ああいうふうに大きな声って、どこから出るんだろう。
腹の底から、ってことかな。

まったく一糸乱れず、身長もほぼ同じくらいで、
沢山のお巡りさんたちがキッチリと整列している姿を、
いっぺんカメラに収めたい衝動に駆られるが、
あまりいい趣味ではないことと、もしかしたら犯罪かしら?
だなんて、いわれのない不安も一瞬よぎるので、やめておく。

そういえば私最近、頑張ってアスタの地下で買い物をしている。
コワイ八百屋だとか、なんとなく胡散臭い肉屋だとかを
利用するようになってきた。だって安いんだもん。

肉屋は店の奥で、つぎつぎガンガン肉を処理していて、
開いた戸口からはなんとなく、生き物のあまりよろしくないニオイがしてくる。
魚の生臭さとは違う、動物臭のようなものか。
すぐ正面の機械で、おにいちゃんがせっせと肉をミンチにしていたりする。
レジは3列あって、だけど整列精算じゃない。

黙って一列に並んで待っていると、
脇から空いたレジにさっさとおばさんが肉持って並んでしまう。
おい、それってアリかよ?と思うが、どうやらアリらしい。
そういうルールの肉屋なのだ。
それでも昨今の習性で、きちんと一列に並んでしまう人もたくさんいる。
並んでいても構わず、サササッと脇から滑り込むおばさん。
レジの女の子や男の子に言ってみようかと何度も思うが、
それは私の傲慢ってもので、そこではそれがきっと普通のルールなのだから、
自分もそれに倣うのが正しいのだろう。

今日は怖い八百屋で、レンコンとベビーリーフを買ってみた。
おっちゃんもおにいちゃんも、ずっと大声を張り上げている。
「ご利用ご利用ご利用~~~~うぇっ!」ってパターンだ。
常に大声をあげる、これが肝心なのだなとよくよく思った。

すぐ隣にライバル店、もうひとつ同じような八百屋がある。
そこでもやっぱり大きな声を張り上げる人たちがちゃんといる。
ひとり、私が「小鳥の歌声を持つ女」とひそかに呼んでいる人がいる。

「あ~~~~い!いらっ…さぁ~~~~~い!!」
と、わずかな変化を加えながら、ほとんど言葉になっていないような音声を
繰り返す女性だ。ものすごく高くて綺麗な声で。
いつも「あ~~~~い!あ~~~~い!」と叫んでいるので
「若いのにえらいな。あそこまで割りきって仕事して。たいしたもんだ」と
感心していたら、先日その人を初めて見て、私くらいの年齢だと気づいた。
すばらしい美声。小鳥女。
私もあんな大きくてよく通る、美しい声で叫びたい。

学生時代の一時期、私は「声なし女」と呼ばれていた。
英語の授業で出欠をとるとき、いくら私が必死に返事をしても
講師に聞きとってもらえなかったからだ。

今まで、ほとんど大きな声をはりあげる必要のないことしか
してこなかったからなあ。

おーーーーい! おーーーーーい!
私はここだよーーーーーー!!

自分が実はどれくらい大声が出るのか、力の限り、叫んでみたい。
…かもしれない。

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やっぱり可愛い

今日も、西友LIVINの5階へ行って、ペットショップを覗いてきた。
お気に入りのうさぎを見るためだ。最近これで3回目。

今日は4歳くらいの女の子が熱心にショップ内を見ていて、
ちょっときつい感じのママが、「もうたくさん見たでしょーー」と
うんざりした様子で傍に立っていたから、いまひとつ落ち着かなかったけど。

ネザーランドワーフと、ホーランドロップっていう種類らしい。
耳が立っているのがネザーランドワーフ。
小さくて一番人気らしい。
西友のペットショップ価格、47,500円。結構お高いのね。

それにしてもやっぱり可愛い。
3回目にして、2羽の性格が少し見えてきた。
立ち耳のネザーランドは明るくてキュート。

いっぽう寝耳のホーランドは臆病で恥ずかしがりやの甘えっこ。
ちょっと目があっただけで、小屋の中に走って隠れる。
そして小屋から出ているときは、ずっとネザーランドのお尻に
頭をすりつけるようにして、身を隠している感じだ。

どちらも可愛いが、顔自体はネザーランドの勝ちか。
だけど誰も買わないよなあ、こんなところで。
衝動買いするほど安くないし。

そこで売られてる犬たちなんか、すっかり成長しちゃって気の毒なようだ。
ペットショップ脇のインテリア家具売り場スペースなんか、
ほとんど死んだ状態で放置されている。
誰が買うっていうの、あんなとこで高いベッドとか。

田無LIVIN、そろそろリニューアルが必要だね。

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中三日

久しぶりよ、母ネタ。

私が母の病院へ行くのは、基本的に月曜と金曜。
この中三日をどう過ごすかで、すごく間が空いたように感じる時と、
「また行くのかぁ…」とちょっとげっそりする時とがある。

その中三日の間に、自分がどれだけ充実しているか、
たとえば仕事がいい感じに入っていたり、人と逢っていたり、
ちょっとイベントがあったり、でずいぶんと心持ちが変わるってこと。

連休明けから仕事がほどよく入っているので、
私も精神的にいくらか安定している。
何かと気も紛れるしね。

月曜日の日に私が病室へ行くと、母は半べそをかいて訴える。
お昼御飯のときに、いつも向かいに座っている女性がいて、
その人とはアイコンタクトでやりとりできていたらしいのだが、
その人の具合が悪く、食堂に来なくなった。その代りに母の目の前に
座った女性が、ものすごく意地悪だったという話。

「私がこぼしてるのを見て、ずーっといちいち指摘するのよ。
『ほら落ちた。ほらまたこぼした。ここからここまでこぼれてる』って。
『昔だったら、這いつくばってでもこぼしたものは食べるもんだ』って」
どうやら達者な方らしく、自分はお箸ですいすいとご飯を食べるらしい。
最近とみに手の機能が落ちている母が
ぼろぼろとこぼしながら食べている様子を、箸で指して非難するのだという。

「あんな目にあうなら、もう食堂へ行って食べたくないわ」と
母は泣きそうな顔をする。ご飯も半分しか食べられなかったのだという。
「じゃあ席を替えてもらうように言ってくるよ」と、
私はさっそくナースのほうへ出向いた。

どうのこうの話しているうちに、担当医の女医がやってきて、
「そうそう。今日のお昼ね。あれはかわいそうだったわよ。
今度は絶対に一緒にしないから」と、きっぱりと言ってくださった。

それからナースと医師と私の3人で少し話をした。
最近母が食べ物の多くをこぼしてしまうことを、
ひどく気に病んでいることについて。食べやすくするために、
食事の形体を以前のように戻したほうがいいのではないか?ということ。

どんなにこぼしても少しも構わない。こぼす分も考えて食事量が決められている。
自分の力で、食べたいものを食べるのが一番。
本人がそう希望しているなら変更するが、そうでなければ応じない。

そして最近とみに、母は食事中に失神するらしいのだが、それについても、

どんなに失神しても構わない。スタッフがいるから大丈夫。
安心して失神すればいい。

さらに、

入院時から、症状が進行したようには感じない。
むしろできることが増えた。今後も可能な限り、できることは自分でやり、
リハビリを続けていくという方針でいく。

っていうこと。

医師から言われたことを、戻って母にゆっくりと話す。
「そう言ってもらえれば、安心するのよ」と、母はいくらかホッとした表情を見せる。

月曜の母は無口で静かで暗くって、まったく表情が動かない。
それでも馴染みの掃除のおじさんが手を振ってくれると、
母は無理に口角をあげて笑顔をつくり、ぎこちなく手をわずかに上げて振って見せる。

母の両足は、関節に極太の針金が入ってしまったようにしか動かない。
ガチガチに固まっていて、不自然な形で硬直したままベッドのエアマットの上に
投げ出されている。長い脚だ。脛が長い。
「看護婦さんがみんなそう言うのよ」と母は言う。
150センチもないような女性が多い中で、母の足は妙に目立つのだろう。

母は筋の強張る痛みに堪えられず、時々鎮痛剤をもらう。
「薬は効くの?」と尋ねると、「効くわよ」と答える。
薬が効くのはありがたいと思う。

毎回足のマッサージをする。鎮痛効果のある薬剤を塗り塗りして、
ふくらはぎや足首、関節をマッサージする。
きゅっきゅっとつまむようにすると、「ああ、気持ちいい」と母は言う。

病気の症状のひとつのせいで、最近母の声はますます小さくなってしまった。
何度も訊き直さないと、何を言っているのかわからない。
そんな小さな声で、母は語る。

「ほんとにね、ほんとに我儘な願いだってことは解ってるの。
でももっと病院側もね、患者の声に耳を傾けて、意見を聴く日だとかを
設けるべきだと思うわ。傍に来た時に、ちょっとでも声をかけてくれて、
話をしてくるだけで違うのよ。それができてる人もいるわ」

こんな母だが、病気の括りとしては「認知症」なのだ。

…ああ、月曜日のことなんか振り返って描写してたら、
せっかく中三日の爽やかな気分が薄れてしまったじゃないの。

しっぱいしっぱい。

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カ、カユイ…!

玉川上水、新緑キラキラ遊歩道散歩~♪
などと浮かれていたけど、その直後から足が痒くて仕方なかった。

なんだ、やっぱり蚊に刺されていたよ、3か所も。
なまっちろい私の足に、真赤なテンテン。

あ~~!かゆかゆかゆーーー!

やっぱり慣れないことするもんじゃないわね。
緑の中を歩くときは、それなりの服装でいなくちゃね。
スカートにストッキングの私は、早くも蚊の餌食。

くぅ~~、痒みの発作だ。

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お散歩

今日はふと思いついて、
玉川上水駅まで電車に乗ってみた。
たまたまホームに、玉川上水行きって電車が到着したのよ。

玉川上水。立川市だったのね。
頭のうえを、モノレールが通ってる。
これに乗れば、立川まで行けるんだ。

玉川上水沿いの遊歩道を、少しだけ歩く。
買ったばかりのデジカメをぶら下げて。

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川には大きな鴨が一羽、
泳いでいたよ。
時々立ち止まって、
グァグァ鳴いていた。

ああ、ここも東京なんだ。

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うさぎ

何年か前からうさぎがブームだけど、
実は私も、かなり前からうさぎが欲しい。
だけどやっぱり、生き物を飼うことにためらいがあって、
どうにも手が出ない。

心配性の私だからきっと、
「今日は元気がないな。病気かな」とかって
きっと無駄な心配ばっかりする。
家も空けられなくなるしな。

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今日の夕方、田無の西友LIVINの
5階(だっけな)のペットコーナーで、
たまらなく可愛いうさぎに出会った。

おお、可愛いなあ。
案外よく動くので、
シャッターチャンスに
苦労してしまったよ。

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こっちはどう?

鳥のひなが売ってたよ。
桜文鳥、だったかしら。

可愛いけど、鳥はいまいち。
やっぱりうさぎだな。

なんだか知らないけれど、
息子はスズメとハトに
萌えるのだそうだ。

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口を開ける

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夕方から、晴れ。
久しぶりの青空に、
ものすごく心が躍る。

今週は事情があって月・水と
母の病院へ行ったから、
次回来週の月曜日に行くまで、中4日空く。
これはなかなかいい。

やっぱりどうのこうのいっても
糞尿の臭いが一時的に充満していたり
「かあちゃーーん!かあちゃーーーん!!」と
絶叫しまくる痴呆のお爺さんの声とかが
聞こえる病棟に、
一定時間滞在するというのは、
自覚している以上に精神にこたえるんだと思う。

連休明けからいきなり早起き。
息子の学校は朝が早い。私も5時45分に起きる。
だから眠い眠い。

前から気づいていたんだけれど、私って寝てるとき、
口を大きく開けてることがよくあるのね。
目覚めたとき口の中がカラカラで、うっひゃあ~となる。

昨日美容室へ行ってヘアカラーした髪をシャンプー台で流してるとき、
アシスタントのそれもまだ超新人らしき男の子が
なんだかネチネチと要領悪く作業しているもんだから、
仰向けになったままつい夢まで見てしまった。

ピーナッツのついたチョコレートアイスバーが目の前にやってきたので、
口の周りにチョコがつかないよう、口紅がはげないよう、気づかって、
大きな口を開けて食べようとした瞬間、目が覚めた。
私、今、大きな口を開けてたよ。
顔の上をタオルで覆っているからいいものの、
それでも口をあんぐりしてたら気づかれちゃったかもしれないな。

こんなふうに口を開けたまま、死にたくないって思う。
あまりにもバカげだもの。絶対にイヤだ。

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国産はどうした?

田無の西友に、国産ものが少ないのはどうしたわけだ?
それが田無という土地柄なのか、
あるいは「KY・価格安」、地域で一番安いスーパー、
なんてのを謳っているから、安さゆえに国産を避けているのか、
なんだかかんだかわからないけれど、
どうも国産のものが少ないような気がする。
事実、置いていないものが多くある。

たとえばにんにく。たとえば茹でたけのこ。
「国産のにんにくはありませんか?」って野菜売り場のおにいちゃんに
訊いてみたら、「出ているだけです」って返された。
ないんだよ、中国産1ネット3個入り98円のものしか。
以前はあったんだけどなあ。

それからたけのこもね。
3種類あるどれもみな中国産。
練馬にあった、熊本産だとかはどうしたよ?ないのかな?
やっぱりないみたいだ。

牛肉・豚肉もなんとなく、国産よりアメリカ産のほうが
幅をきかせているぞ。
牛肉はオーストラリア産とアメリカ産。
豚なんか、国産よりずっと多いアメリカ産。

今日の夕飯のチンジャオロウスーは、アメリカ産の牛肉と
中国産のたけのこ。ビーマンだけが国産だ。
それからアメリカ産のブロッコリのサラダと。

ブロッコリだって、国産のものが置いてないんだから。
選択の余地がないじゃないの。
アスタの八百屋は国産なのかな。でも怖いしな。

私は別に、特別強く、「食」にこだわる人間ではない。
子供には絶対添加物入り食品は食べさせません!みたいな人間ではない。
あればあったで、買えれば買えたで、
品質よりも値段優先だと思うときはそれまでで。
時にはやっぱり少しくらい高くたって美味しいほうを、となったりで。
まあ、よくいえばフレキシブルなのだな。

だもんで最近ちょっと、食のレベルがいくらか低下しているよ。
オオゼキは良かったなあ。生鮮がとっても良かった。
だけど田無の西友、魚だけは悪くないみたい。
売り場の奥で、地元のおっちゃんみたいな人たちが
すごく生き生きと仕事している。
「昔はこのあたりで、アッシャ魚捌いてたんですぜ!」みたいなおっちゃんだ。
駅前開発で閉鎖した魚やのおっちゃんが、
きっと西友の鮮魚売り場の中で働いているんだよ。

うそ。適当なことを書いてみただけ。

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茨城からやってきた、
ピーマンのハッピーくん。

何がそんなにハッピーだって?

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娘と、息子と

久しぶりに、子供ネタ。

なんだかねぇ…。
娘はこのところ、立派なニートだよ。
あんなに態度のでかいニートもそうはいないと思う。
家にこもっているかといえばそうでもなく、
スタジオやらライブ出演やら打ち上げやらお泊りやら、
なんのかんので家にいない。
いる時は部屋にこもっていて、何やらやっている。

自主制作CDも結構売れているらしく、
ディスクユニオンの売り場では「イチオシ」として
ディスプレイされているそうだし。
近々また、追加でCDを納品するのだそうだよ。

とかいっても本人もきちんと自覚しているが、
音楽業界を象の全体だとすると、娘たちのバンドの存在はおそらく、
象の睫毛1本分くらいのものだろう。
って、喩えが良くないか…。

私はそのCDを聴かせてもらえないし、
それに大抵の大人が聴いても、わけのわからない世界だろうと思う。
いくらか屈折した若人等の中の、一部分の人の心を
やたらに掴んではいるようだけど。

そんな娘を姉に持つ息子は最近、
だんだんと距離を置いて、自分の姉を客観視できるようになってきたようだ。
面白いし一目置いてるし、
だけど女性として見たら、自分の彼女としてはあり得ないタイプ。
ってところだろう。

それはまあ言うまでもなく娘にしたって、
弟のようなタイプの人間とはまずつきあわないだろうし。
ほぼ真逆な二人である。

息子、最近とみに、父親に似てきた。顔が…。
おっかしいなあ。パーツが全然違うと思っていたのに。
鼻だよ鼻。どうしてあんなに個性的な鼻に、似てくるものかな。
それからおでことかも。なぜだ?
太りやすい体質、骨太な体型、
すべて父親の家系の血が、脈々と流れている。
血って不思議。ほんとに不思議。

息子はこの春購入した、ちょっといいギターを練習するために、
なぜかツェッペリンの曲を採用。
「天国への階段」のサビの部分を繰り返し繰り返し、
私が聞いただけでも何百回も弾いている。
なんでもソコがギターの練習用にちょうどよいとかどこかにあったらしく、
今まではそれほど聴いていたわけでもないツェッペリンを
熱心に聴いている様子。

私は高1の頃彼等の大ファンで、渋谷のジョイシネマに
「狂熱のライブ」と「ウッドストック」の2本立てを、
友人と1回、一人で3回も観に行ったもんだ。
そして10年くらい前かしら?「狂熱のライブ」がビデオ化されて、
私は生協の企画品の中にそれを見つけ、懐かしさのあまり注文した。

そのビデオに今、息子が食い入るように見入っているから可笑しい。
ジミー・ペイジのギターソロを、真剣に見ている。
私は息子を時々、「ジミーちゃん」と呼んでみたりする。

ニートの娘とロン毛のジミーちゃんは、今日も音楽漬けである。

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欲しいもの

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もっと天気が崩れてくるのかと
思っていたのに、
意外と薄く陽も射したりして、
この大型連休のさなか、
小手指の田舎の風景も
なんとなく長閑に、幸せに映ってみえる。

今日は息子を連れて母の病院へ。

母はこの頃表情が特に乏しくて、
頭は冴えているのに
顔が固まっているものだから、
なんともちぐはぐで、やるせない。

頭の中の、記憶をつかさどっている部分だとか
いろんなことを判断する部分だとかは
今までとなんら変わりなく機能しているのに、
目の前のどこか一部分が、ヘンなのである。

大脳皮質の神経細胞内にレビー小体という物質が出現する、
それがレビー小体病(レビー小体型認知症)だ。
いくら説明を読んでも、いまいち分からないんだけどね。

母はボーーッとしていて(いるように見えて)、
心がどこにあるのか、私のことが見えているのか
私の声が聞こえているのか、それすら判断つかないような表情をする。

それでも次に出てくる言葉が、
「そうそう。固定資産税のことだけど。もうすぐ支払の紙が届くわよ。
きちんとやるのよ。もしわからなかったら、
私の部屋の納戸の棚に、「平成○年確定申告」っていうファイルがあるから、
それを見て~~」云々、しゃべり出すのである。

ほんとうに、この病気が不思議なんだか
母が不思議なんだか、両方なんだか、よくわからない。

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「もうすぐ母の日だね。
何か欲しいものない?」
と私が訊くと、
「何もないわよ」と答える。

そうだろうな。
生きているなかで
自力でできることの範囲が、
ここまで狭くなってしまった今、
何を欲しがればいいっていうんだろ。

「何かを欲しい」と人間が思うときっていうのは、
自分の中にたくさんの可能性を
感じているっていう証拠なのかもしれないな。

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買い物

今日、新宿へ行って、新しいデジカメを購入。

売り場のおにいちゃんにいろいろ聞いて、
お勧めの商品を教えてもらって、なんとなく違いを実感したり、
どんどん進化するものだからやっぱり新しめのものにしようと思い、
機能と値段とを考慮して、決めた。
私が買うんだから、まあ、お手頃のやつよ。

西武新宿線沿線に住んでいていも、
都会に出る時は高田馬場経由が多いので、
なかなか西武新宿駅まで乗ることはない。

新宿PePeとかって、滅多に行くもんじゃないし。
だけど今日寄ってみたら、案外新鮮だったわ。

最近私がお気に入りの雑貨のシリーズ。
去年だったかにはじめて買った、猫の小物入れ。
この頃いろんなところで沢山の仲間を見かけるようになった。
中国製で安価なものだけれど、
いろんなヴァージョンがあって、どれも楽しい。
私はこのシリーズをしばらくコレクションしようかと、
ひそかに考えている。

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今日買ったのは、猫3匹のやつ。
それぞれにお洒落な猫たちで、
なかなか愛しい。
みんな小物入れになってるところが、
妙に惹かれる。

だからといって、中に何かを
収納しているわけじゃないのよ。
実際何を入れるかっていっても、
思い当たらない。

せいぜいアクセサリがひとつとか、飴玉一個とか、そんなもんだし。

西武新宿駅は、歌舞伎町が近い。
私は最近は滅多にあっちの方は行かないけれど、
駅近のドトールに入ったら、不思議なお客が結構いて、興味津々。
ジャケットの肘がボロボロに破けたおじさんが、
コーヒー飲みながら憂いていて、店をやっと出たと思ったらまた入ってきたり。
私の隣の60歳くらいのおばさんが独りごとを言ってるなと思ったら、
どこからか団扇を出してきて、唇を尖らせて呪文のように何かを唱えながら
呑んでいるアイスココアを懸命に煽いでいたよ。

雑多な都会って、だから面白い。

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世の中の人は何をしているんだろう

世の中にはいろんな人がいるわね。

大型連休をどんなふうに過ごすかって、ほんと人それぞれ。

つい今さっき、姉から携帯に電話があった。
軽井沢の別荘(リゾートマンションっていうやつ?)に向けて車で移動中だという。
姉は運転できないので、もちろん旦那の車だ。
喧嘩ばかりしているけれど、どうのこうので仲の良い夫婦だ。

母の病院へ行く日の当番変更を、二人の妹に上手に指示を出して、
「4泊か5泊、ゆっくりしてくるわぁ~」とかって、
どうのこうので要領の良い姉だ。
「私は生れてから一度も、我慢ってものをしたことがないの!」と
かつて豪語した姉だから、そんなのはどうってこともない話ではある。

私は一年前何をしていたの?
二年前は何をしていたの?その前は?もっと前は?
などと、自分のブログを振り返って
その凡庸な暮らしぶりを客観的に眺めてみるのも悪くはない。
でも、楽しくもない。

みんな、何をしているの。

私は今日、たくさん洗濯をしたよ。
仕事もちょっとだけしたよ。
それから駅前の西友LIVINで、グラススタンドと、
洗ったまな板の一時保管用に、まな板スタンドを買ったよ。
息子とふたりで夕飯を食べたよ。
揖保の糸のひやむぎを茹でて、天ぷらをたくさん揚げた。
新玉ねぎとにんじんのかき揚げをつくったら、
新玉ねぎがお菓子みたいに超甘くて美味しかったよ。

明日は午後から、デジカメを買いに行こう。
2年くらい前に買ったやつ、娘に勝手に奪われて、
おまけに昨年末壊された。私のだったのに。
娘はちゃっかり自分用に、新しいデジカメを買っている。
それはもちろん、貸してはくれないよ。
借りるつもりもないけれど。

私がデジカメを買うと言ったら、
「え、お母さん、一眼レフを買うの?だったら私のと交換しようよ」

って、そんなこと、誰がするよ?

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想い出話

「この間はありがとう。楽しかったわぁ…」

今日、病室で母にそう言われた。
ほんとうにそんなに楽しかったのかどうか、
その日の母の表情からはまったくわからなかったけれど、
それでも娘やら孫やらに囲まれて、
久しぶりに病院の外に長いこと出ることができたのだから、
やはり嬉しかったのだろうとは思う。

去年の夏からの母の境遇を、自分のこととして置き換えて
想像してみたら、どれだけ哀しく辛いことかと、
改めて想ってみたりする。

年齢は違うし、家族環境も違うのだから比べようがないかもしれないけれど、
もし自分がこんなにも短期間に変わり果て、
あらゆる身体の自由を奪われてしまったら、
はたして今の母のように気丈でいられるかどうか、分からないと思う。

パーキンソン症状の強い母は、大きな声が出ない。
ナースに向って囁くような声で褒め言葉を投げかけ、冗談を言う。
スタッフの名前をフルネームでほとんど記憶し、
その人のキャラクターに合わせて、自分の対応をきちんと変える。
キツイ人には従順に、明るくユーモアのある人には自分もおどけて見せる。
母の特殊な才能だと思う。

母は、自分の父親のことが大好きだった。
私もお爺ちゃんが大好きだった。
お爺ちゃんは私がものごころついたころには総入れ歯だったから、
いったいいつからそうだったのか母に訊いてみた。
母も憶えてはいないけれど、
「おじいちゃんが歯を磨いている姿なんて見たことないわ」と笑う。

幼稚園入園前の私は、毎日のように迎えに来てくれるお爺ちゃんに連れられて、
散歩に出かけた。
お爺ちゃんは優しくて、いつもお菓子やさんで、お菓子を買ってくれた。
猫の容れものに入った金平糖(逆さまにするとニャーと泣いた)だとか
電車セット(中に切符とか切符切りハサミが入ってた)だとかを買ってもらった。

甘いものが好きだったお爺ちゃんは、私にも気前よく甘いものを与えたから、
私は3歳の頃には前歯がほとんど虫食い状態の味噌っ歯だった。

お爺ちゃんは「おんぶ」と私が言えばいつまでもおんぶをしてくれたし、
公園の前を通れば公園で遊ばせてくれたし、
お爺ちゃんに怒られたことなんか一度もなかった。

そんな話を母にすると、母は嬉しそうに微笑んで、遠い目をする。
「そうよ。私も一度も怒られたことなかったもの」と、母は言う。

母のお気に入りのエピソードを、私はいくつか知っている。
母の中の記憶の宝石箱を、もっと頻繁に開いてあげたいと思う。

「ブルーの鳥がいるのよ」
母は天井のほうを見て、目をぱっちりと開く。

「ピンクの鳥じゃなくって?」と私が訊くと、
「ピンクの鳥はあそこ。あっちにブルーの鳥よ」と、
新しく美しいものを見るような眼差しで、天井を見つめる。

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