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気分転換

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我が家は沈滞ムードである。
それぞれがそれぞれに、
いくらか楽しいこともあり、
特別何か困った事態が
起きたわけでもないのだが、
なんとなく家の中全体の空気が、
滞っているような感じがする。

息子は相変わらず毎日寝すぎで、
今日だって昼の2時過ぎに起きたりしている。
「何時に寝たのよ?」と訊いてみると、「4時」と答える。
いくら朝の4時に寝たって、そりゃ寝すぎだわよ。
「明日の朝は8時に起きる」と小声で断言するので理由を問うと、
「別に意味はない」と答える。じゃ、きっと起きられないわね。

「ああ、早くやめたい」と言いながら、毎日真面目にバイトに向うのが娘。
本人が「絶対人に言いたくない」と言っているので書かないが、
風俗だとか決してそういう類いの仕事ではない。

「ダメだよ!田無なんかで働いてちゃ!」と、
自分で決めたくせに文句を言っている。
「だって、ここは田舎だよ!」
って、解ってなかったのかい?そんなこと。

衝動性が強くて計画性に欠けるので、娘は何度も同じことを繰り返す。
でもそれでいいのだと言う。
「だって、その時はどうしてもそうしたかったんだもん」である。

だから先日衝動的に買ったキーボードは、
部屋が広いわりに結局置く場所もなく、使いこなすこともできず、
1週間もたたないうちに部屋の隅に立てかけられているじゃないの。

そんな娘、今度は原付バイクに乗ると言い出す。
「だって便利だと思わない?」と、今日は市役所へ行って
早速住民票などを取り、すっかり免許を取るべく行動し始めた。
原付があれば吉祥寺まですぐに出られるから、
今度こそ吉祥寺でバイトを探そうという魂胆のようだ。

本体購入費はもちろんだけど、毎月の駐輪代だって負担してもらおう。
「わかってるよ、当たり前だよ」と、勢いだけはいいんだよなぁ。


どうにもつまらないので、今夜は息子とふたり、
近所の「スシロー」に出かける。「大阪回転寿司・スシロー」である。
昔はよく、光が丘のスシローに行った。
いつも混んでいて、特に週末の夜なんか、かなり待つ。
離婚して車という足を失ってからは、一度も行くことはなかった。

そして再びまた、スシローに行ける日が来た。
自転車で6~7分かしら。青梅街道をまっすぐ行けば着く。ニトリの手前。

スシローはやっぱり相変わらず混んでいて、約30分待ちだった。
それでも待った甲斐はあったかしら。105円にしては美味しくって種類も豊富。
しゃべらない息子と二人の回転寿司はつまらないけど、それでもいいや。
息子、寿司15皿と蛤の赤だし。
私、寿司5皿と茶碗蒸し、そしてチョコケーキ(邪道)。
でもこのチョコケーキ、105円のわりには美味しかったの。

暗い道を、息子を抜いたり抜かれたり、チャリを走らせ帰宅。
気分転換になったか?

そうでもないな。
だけどまた行こう、スシロー。

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足りない

栄養は、足りている。
体調も、まずまずだ。

なのにどうにも元気が出ない。
枯れているんだな。

この二年半の間、いろんなことがあって、
今日やったことが明日には覆されるとか、
数か月分の努力があっさりと無駄になるとか、
せっかく入ったところを辞めるとか、
まさかこんな展開になるとは思いもよらずとか、
そんなことばっかりが続いてきたように思う。

離婚、リフォーム、転居。
入学、退学。入院、退院、ホームに入所、退所。
またも入院、そして転院。
またも転居と、私の仕事部屋も二度めの移転。

流れに身を任せたこともあるし、
その時はそれ以外の選択はないと受け入れたこともあるし、
自らの意思で決断したこともある。

それでもそんなことのあれやこれやも、
偶然ではなく必然だと、きっとそんな運命だとか宿命だとか、
そんなもんなのだと、自分を納得させてみる。

結果的に、ずいぶんと無駄が多かったな。
母にしても娘にしても自分の生活にしても。
精神的な無駄ではなくって、物理的な無駄、金銭的な無駄。
考えても仕方ないので、なるべく考えないようにしよう。

次々とやってくる波を、結構上手に乗り越えたような気がしてた。
私って昔から、過剰適応するほうだから。
それでいつしか体調を崩すタイプ。

だけどさすがに強くなったせいか、体調は大丈夫。
バランスを崩したりもしない。
ただ、最近やる気が出ない。

足りない足りない足りない。
湧き上がるエナジーってやつ。

こういうときにコステロのライブでも観れば元気をもらえるんだけど、
と思っていたら、今年はサマソニに出演が決まっている。
最悪である。
炎天下に暑苦しく若者が集う野外ライブ、どう考えたって体力的に無理。
私みたいなチビは、揉まれて大変なことになるのを知ってるし。


田無に越して、昨日でちょうど一か月。
住居のほうは落ち着いたのに、ホームページの更新が進まない。
もうすぐ四月だっていうのに…。

ゴム毬でも呑みこんで、弾みをつけたい今日この頃…。

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一年後のこと

一年前の自分はいったい何をしていたのだろう…

などと、ふと気になると、自分のブログのバックナンバーを開いてみたりする。

ああ、そうだったか。
去年も一昨年も、3月の下旬は体調を崩していたっけ。
それからコーチャンの命日のことや桜のこと、
そして去年は乳癌の疑いに憂いていたんだっけ。

そう、今日は飼い犬コーチャンの5回目の命日だ。
引っ越す前に一度、お墓参りに行きたいなと思っていたけど、
現実にはそんな余裕はなかった。
今でも行こうと思えば行けるけど、微妙に遠いな。
田無に越してきてからというもの、私はまだ一度しか都会に出ていない。
田無界隈をうろついているか、田無と小手指間の往復をしているかだ。

コーチャンの死にまつわる様々な感情は、
正直にいえばまだ私の中で、100%の消化はできていない。

コーチャンの死、それ自体についての感情ではなく、
その当時の自分の、複雑な感情についてだ。
私と当時のパートナーの精神的ゆとりのなさが、
もっとはっきり言ってしまえば未熟さが、
あんなにも早急に、コーチャンを死に結びつけてしまったような気が
今でもしている。
自分達の未熟さが、一つの命を犠牲にしてしまったんじゃないか、
そんな気がしている。

そしてコーチャンが死んだとき、庭を見て私は、
「もう、この家(戸建て)に住む必要もなくなったんだ」と、
妙にはっきりと意識したものだったっけ。


一年前の私は、「西東京市」なんて言葉をおそらく一度も発音したことすらなくて、
母が今みたいにゴールデンフリージアという名のナースコールを手にして、
病室のベッドに横たわっていることを想い浮かべたことすらもちろんなくって、
だから一年後の私が、どこで何をしているかなんてことも、
やっぱり何の保証もないわけなんだと、改めて思う。

それでも何の信仰もなく、俗物である私は、
世界の大きな幸福を祈るわけでもなく、自分の大切な人たちが、
特別の痛みもなく、普通に無事でありますようにと、
そんなことをほんの一瞬、ちらりと想ってみるだけだ。

そして30分後にはすぐに忘れて、
「お腹が空いたなぁ。でも今食べたら太るかなぁ」
などと、冷蔵庫の扉を開けてみたり、しているだけだ。

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ゴールデンフリージア

今日は息子の終業式。
なんやかや、暗くて孤独な高校一年が終わったな。
4月からは高2か。
高2っていえば、なんだかぐっと大人なカンジ。
強く、逞しく成長してほしい。
心から…、ほんとに心から、母はそう願っているんだよ。

私はこの軟弱な息子を、早く過保護な私の手から、
飛び立たせたいと思っている。
飛び立たせなくちゃいけないと、思っている。

娘は今夜も夜中までバイト。
地元で妥協して選んだバイト。
実は嫌で嫌でたまらないバイト。
お金のためにと割り切って、しばらくの間頑張るしかないかと
諦めて取り組み始めたバイト。

明日はディズニーランドへ遊びに行って、
あさってはライブだとか?
今回のライブには取材が入って、なんとかいうマイナーな雑誌に
バンドとして取り上げられることになったそう。

大阪のインディーズでは結構有名らしいバンドからお呼びがかかって、
9月に行われるライブに東京から招待されるんだって。

ごくごく狭い世界の中だけだけど、じわじわとファンが増えているらしい。
自主制作のCDは、今DISK UNIONにも置いてもらえてる。
このところ、娘の精神状態はいくらか上向き。
上向きなぶん、若干攻撃的。ちょっと怖いよ。
「そんなに怖く言わないでよ!泣いちゃうわよ!」と私は怒る。


今日は母の元へ。
週に2回のペースは定着している。

相変わらず幻覚と、それに伴う妄想がいくらか。
だけどそれ以外の頭はいたって正常。
スタッフの名前を覚える早さ、記憶力の良さに、私は今でも舌を巻く。

それなのにどういうわけか、「ナースコール」だけは忘れがち。

今日も帰り際、「コレ、な~んだ?」と訊いてみたら、
「なんだっけ…。ゴールデンフリージア?」と言う。

さすがにウソ臭く、ウケ狙いかと感じたので、
「ウソばっかり!」と返すと、
「わかった!フリースコールよ!」と、今度は確信に満ちた表情で言う。

どこまでが本気でどこからが冗談なのか、わからない。

病院脇のバス停で、バスを待つ間の寒いことったら…。
強風ビュービューの中、足踏みしながら待ったわよ。

明日からは寒のもどりだっていう。
ゴールデンフリージアは、どこかに咲いているかしら。

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愛しきものと、日々雑感

Kuridora

この間、田無駅構内の広場に出店していた
甘味を買う。栗どら焼き。

見本を見たらすごく沢山の栗が入っていたので、
ホントかなと思い、買ってみたら、ホントだった。

なんとなく、栗バーガーという風情。

味は…ふつう。

シールを見たら、なぁんだ、練馬のわかばっていうお店の
なんとかっていう人がつくったものだった。
そんなお店、知らないけどな。

食べた後、しばらくの間、舌がピリピリとした。
添加物かな?と残念に思った。


今日の夕方、田無駅の向こう側、芝久保っていうあたりにある
マックスバリュに行ってみた。
マックスバリュっていうのはイオン系列の大型スーパーで
地方には沢山あるけれど、東京には唯一、西東京市の芝久保にしかない。
どおりで知らないはずよ。

「イオンの反省」だなんて大袈裟な広告をうっていたから
さぞやと思って店内に入ってみたけれど、
なんだか殺伐とした気持ちになってしまった。

田無っていうところは本当に、駅前だけは賑やかだけど、
横道に入って線路際を走ってみると、すぐにものすごく田舎だなって気づかされる。
田舎は田舎でいいんだけれど、このマックスバリュの2階に
エスカレータで上ってみたら、なんだか可笑しいのを通り越して
物哀しさを感じてしまった。

広いスペースに、泣きたくなるような安っぽい洋服やと、
美容室と理容室がドッキングしたお店、
それとABCマート、結構大きな100円ショップ・ダイソー。
そして椅子とテーブルがたくさん並んだ、なんだかよくわからない
ファストフード的なお店。たぶん、焼きソバとかうどんとか
そういった類いの。
そして中央にとってつけたように、携帯ショップ。

この2階の広場を見た瞬間、自分がいったい
どれほどの田舎に来てしまったんだろうと、帰れなくなるような不安すら覚えたよ。
いいえ、田舎っていったって、今やどこの地方都市でさえ、
もう少しくらい洒落たつくりになっているのではないか?
「ま、こんなもんでしょ」という安直なテナント展開。
結果地元の人もあまり足を運ばずに、ガラガラ状態。
三連休の中日だっていうのに。

なんだかせつなくなった私の胸に、飛び込んできたのが
この愛しいひよこちゃん。
Hiyoko

顔の角度が微妙に違うので、2羽、購入。
ダイソーで、もちろん1羽100円。
毛がフカフカにできてたらもっと愛しいのに、
意外と固い。

そしてマックスバリュ。
う~ん…広いぶん品揃えはいい。
田無駅前の西友より、新しいから明るいし綺麗だし。
でも、意外と高かかった。
安いものもあったけど、全体的には西友のほうがずっと安い。

哀しくなるから、おそらく二度と行かないよ。

それにしても、可愛く撮れたな、ひよこちゃんたち。
携帯の待ち受けにしようか。

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道ありき

今日は息子を連れて、母の病院へ行った。
孫がお見舞いに行くと、やっぱり母は喜ぶ。

今日は春分の日。
私はすぐ近くの小さな和菓子屋さんでおはぎを5個買って持っていった。
母はこしあんのおはぎときなこ(中にアンコ入り)を食べ、
お腹の空いた息子はきなこ1個と胡麻(中にアンコ入り)を2個食べた。

食べるだけ食べて、母の問いかけにも「まあ…」とか「さあ…」とかで
なんとも愛想のない息子は、一足先に帰った。
帰りがけに恒例の、母からの握手の求めに応じて、
息子は何度も振り返って手を振りながら病室を出て行った。

そんな姿を見て母は、震えるように「…いい子だよ!」と言う。
そしてすぐに、「男の孫にだけ言う…」と、自分で突っ込みを入れる。
そうなのだ。女の孫には決してそんなことは言わないのだ。
母の年代の女性の多くは、男、というもののほうに入れ込むようだ。
男の子を生むと「でかした!」と褒められる、そんな時代に育ったせいかな。

帰りの電車で、三浦綾子の「道ありき<青春編>」を読む。
三浦綾子の若い頃の闘病生活と、その間の恋愛、信仰について綴られたもの。

三浦綾子は日本のドストエフスキーだなと、私は勝手に思っている。
登場人物についてのくどいくらいの精密な描写が似ていると思っていたら、
やはり若い頃に相当、ドストエフスキーに影響を受けていたらしいことを知る。

どうして三浦綾子の本を読むと、こんなに泣いてしまうんだろう。
決して大袈裟な描写ではなく、今風の上手い比喩とかでもなく、
つまり小手先の器用さで綴られた文章ではなくって、
もっと深いところから湧き出てくるようなもの…。
魂を揺さぶられる、っていう表現がよく似合う。

所沢から各駅電車に揺られて、小平だとか東村山だとか花小金井だとか
なんとものどかな駅名を通りながら、私はずいぶん泣いてしまったよ。
泪を抑えられないのに読むのを止められない、なんという素敵な読書。

過去に実在した、心の美しい人の生き様や在り方に触れると、
つくづく自分の愚かさを思い知るじゃないの。
半世紀近くも生きてきて、
私ってばなんてつまらなくて、そして不潔な人間かしらって。

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乳癌検診マンモ&エコー

あ~、今日も暖かかったぁ。

花粉症で目が腫れ、白目がぐちゅぐちゅになっている気の毒な娘と違って、
私の身体は花粉には反応しない。
有難いこって。

今日は半年ぶりのエコーと、一年ぶりのマンモの日。
電車を3つも乗り継いで行った。

結果、異状なし。
のう胞が新しく1つ増えていて、でもその代わりにひとつ消えていた。
こちらは特に問題はない。

昨年、痛い針生検をした乳管内乳頭腫のほうは、数も大きさも変わらず。
2割の確率で癌化するという乳管内乳頭腫。
数を増やさないようにするしかない。
…っていってもね。

そういえば去年は3月の末だったわね。
しこり有りと言われ、悪性か良性か判断するために精密検査を受けて、
ああ、あの時は桜が満開だったんだわ。
来年の桜は見れなかったりして…とか想いながら、
夜桜をひとり淋しく愛でたんだっけ。

まさかその一年後に、自分が見知らぬ町に移り住んでいようとは
夢にも思わなかったけれど。

それにしても「マンモ&エコー」って、
なんかやたらにファンキーなキャラクターの名みたいだ。
黄色いストライプのTシャツがマンモくん。
緑のストライプがエコーくんだ。

乳癌検診は、マンモだけじゃ片手落ち。
触診だとかましてや視診だなんていうのは、あまり意味がないらしい。
そうよ、だいたい視診って何よ。

そういえば昔、私視診されたことあるわ。それから触診。
ちょっと離れてじーっと私の乳房を見て、
「授乳中?」って訊いたへぼ医師。

去年だって、マンモに写らなかったしこりが、エコーで見つかった。
だからほら、ピンクリボンの下に、
「マンモ&エコー」のキャラクターはいかがか?
私のイメージ的に、マンモはチンパンジーでエコーはワニかな。

こういうくだらないことを書くときの自分…
きっと淋しいにちがいない。

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気づき

日常の、小さな気づき。

っていっても、心理系の話ではない。

私、気づいたのだ。
人間って、一日中、髪の毛を落としながら、振り撒きながら、
生きている動物なのだなってこと。

新居のフローリングは、今まで一度も体験したことのない、
かなり明るいライトブラウン。

ブラウンじゃぁないか。
絵の好きな小学生が、不透明水彩絵の具を使って
人間の顔を描くとき、「この『はだいろ』は、ほんとの肌色じゃないぞ」
とか思って、つい黄色と白を混ぜすぎて、
ちょっと顔色の悪い人に仕上がってしまったみたいな。
そんな感じの色だ。

床が白っぽいと、埃が目立たなくていいかしら?
なんて思ってたら、甘かったよ。
髪の毛が目立つのだ。とにかく髪の毛が。
髪の毛だけかどうかわからない、とにかく毛ってやつが
家中のいたるところに、掃除しても掃除しても落ちているのだ。

つい今さっき箒で掃いたのにナゼ?

掃除機をいちいち出してたらキリがないので、
田無の西友の無印で、箒とちりとりを購入。
気づいたときにすぐ、毛を掃き取るようにしている。

娘も息子も、そして私も昔よりは髪が長いので、なんだか気持ち悪い。
黒いのが息子ので、金色のが娘のだ。
金ならいくらか目立たないので、いっそのこと一家全員
髪を金色に染めたらどうだ?とか、冗談でも一瞬考えてみたりする。

これでフローリングがダークブラウンだったり、
カーペット敷きだったりしたら、こんな怖ろしい事実に気づきはしなかった。

私はずっと、きれい好きな女でいられるだろうか。
それともすぐに麻痺して、床に落ちる毛と共存できるようになるんだろうか。

今後の自分が楽しみである。

…つまんない楽しみだな。

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親の我儘

親の我儘勝手に振り回されるのは、言うまでもなく、子供達だわね。

文京区→練馬区→板橋区→練馬区→西東京市と、
親の転勤でもないのに、娘は今まで転居を重ねてきた。

バイトの面接でも訊かれるんだそうだ。
「実家が田無?じゃあずっと田無なんだ?」って。
そうではないと否定するものの、
じゃあどこ出身なのかと問われれば、言葉に詰まる。
娘にしてみれば最長の、11年9ヶ月過ごした板橋区が
いちばん馴染みがあるってことだろうか。
だけど愛着はさほどないようだ。

娘はとにかく、今の場所に慣れることができない。
「とにかく(都心から)遠い」「とにかく田舎」
「隣の駅の名前もわからない」「何がどこにあるんだかわからない」と
拒否反応を起こしている。情緒不安定だ。

専門学校を途中で投げ出した自分。バイトも長続きしない自分。
なかなか上手い具合のバイト先が定まらないこと。
お金を優先すると割り切るのか、あるいは多少世間体を気にするのか。
夜間の帰宅に時間がかかりすぎる不満。
新しい知らない町で過ごす不安。

焦燥感と無力感と不安感のなかで、自己信頼の炎がチロチロと、
小さくなって消えそうになり、どうにか気持ちを立て直して
またいくらか大きくなる。
そんな感じなのかなと、勝手に思って見ている。

親の勝手で父親不在の家庭に暮らし、
親の我儘で引越しを余儀なくされる。
度重なる急激な環境の変化が、娘のバランス感覚を乱す
一要因になっていることは間違いないのだから、
本当にそれは申し訳ないとしか言いようがない。

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私にとって今回の引越しは、
住みやすい町、快適な環境を獲得することが
目的だったけれど、
娘にとって家というのは、
しょせん拠点でしかない。
外で遊び、外で働き、外で音楽をやる。
動くための拠点に過ぎない。

昨日母が病室で、「アンタ、田無に引っ越したの、後悔してるんじゃないの?」
と訊いてきた。
娘の気持ちは気になるけれど、私自身はとても気に入っているので
否定すると、それでも母は可笑しそうに顔を歪めながら、
「後悔の『こ』の字くらいは、してるんじゃないの?」と言って笑う。

決して強がりじゃない。
すべてがOKなんてことは有り得ないけれど、
私は引っ越してよかったと思っている。

空が見えて、陽が射して、
当たり前のことをこんなにも幸せに感じている、
今の日々に満足しているんだよ。

バルコニーから見える夕方の空。
嬉しくて、つい携帯カメラを向けてしまう。

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母と笑う

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昨日はお天気が良かったから、
母もなんとなく明るかった。

母の幻覚は変わらずで、
フェレットなんかもよく出てくる。
他の患者さんの家族が、
フェレットを持ち込んだりもするらしい。

「さっき、バカなこと言っちゃった」と、母が笑う。
洗濯した病室のカーテンを吊るしにやってきたおじさんに向って、
「あのカーテンレールに、夜になると虫がつきますでしょ」と言ってみたという。

「おじさんったらね、びっくりして『え、何の虫ですか?』って。
黒くて大きい虫ですよって言って、でも朝になると消えてるのよって言ったら、
おじさん『へぇ…そうですか?』だって。
この女頭おかしいなって顔で見られちゃったわ」

だから母は
「あそこにずっと、ハムとソーセージがぶら下がってるでしょ。
そのことを言おうと思って、ハムって言葉が出かかったんだけど、
またこの女変なこと言ってるって思われるのイヤだから、やめておいた」
と言って、顔をくしゃくしゃにして笑うのだ。

自分がおかしいということと、だけどどうしても
それを事実だと思っていることと、同時に他人からの評価を気にしていることと、
そのあたりのちぐはぐさが可笑しくて、私も大笑いをした。

天井近くのカーテンボックスにぶら下がっているという
「ハムはアンタも見えるでしょ?」と訊かれ、
「見えないなぁ」と笑うと、「見る気がないのよね」といつもの答えだ。

「ずっとぶら下がってたら腐っちゃうんじゃない?」と私が言うと、
「それがおっかしいのよねぇ…」と、真面目な顔をして首をひねっている姿が
ものすごく可愛くて、愛しかった。

三人娘の誰ひとりとして似なかったけれど、
母の目はぱっちりとした二重瞼。
病室の天井にいろんなものを見ている時の母の目は、
好奇心旺盛だった少女の頃そのままの目なんだろうと想う。

ピンク色のカーテンの、カーテンレールのところを指差して、
「ピンクのことり」 と呟く母は、とても可愛い。

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田無・人間模様

【田無のおじさん】
というラベルを貼って、田無の町中のいろんなところを、
歩いているんだな。そうね、60代から70代のおじさん。

不思議なことに、なぜか皆帽子を被っているんだ。
それもキャップをね。野球帽っていったほうが似合っているかもしれない。
そして当然白髪で、金縁か銀縁の眼鏡をかけていてね。
身長は160センチあるかないかってところ。
もちろん170以上あるおじさんもいるし、150ちょっとくらいのおじさんもいる。

みんな同じ顔をしているんだよ。
グレーとかベージュのジャンパーとかブルゾンとかを着ている。
服を剥いだら、きっと背中に【田無】っていう焼印かなんかが
押してあるに違いない。そんな気がする。

ひとりで歩いているおじさんもいるし、
逞しい奥さんを連れて、一緒に西友で買い物してるおじさんも多い。
もうちょっと年配になると、杖をついたお婆さんと、
腕を組んで歩いているお爺さんもいる。いいなあと思う。

もちろん若い人だって、子育て世代のママたちだって、
たくさん歩いている。
それでも何故かやっぱり目立つのが、お爺さんになりかけたおじさんだ。
それとお婆さんになりかけたおばさんと、
やたら元気な本格的お婆さんたち。

平日の専門店街のゲームコーナーで、果敢にUFOキャッチャーに
挑戦しているのは、70代のお婆さん。
スライドする台の上にお菓子を載せて、
お菓子を落とすゲームに夢中になっているのも、二人組みのお婆さんたち。

駅のヴィドフランスの座席では、80代後半かもしれないお婆さんが、
ひとりで椅子に座っている。
テーブルには安いコーンパン?1個と、お水の入った紙コップ。
お婆さんは座高が35センチくらいしかなくって、
ブンブク茶釜みたいになって座っている。
花粉症なんだか鼻をズーズーと鳴らし、時々咳き込んでいる。
パンを目の前にずーっと座っているだけだから、
誰か人でも待っているのかと思いきや、時計の針が正午を差すやいなや、
ガバッと上体を乗り出して、パンをちぎって食べ始めた。
「お昼ごはんは正午から」と、頑なに決めているらしい。

昔一生懸命働いてきたお爺さんとお婆さんたちは、
駅前再開発で賑やかになった田無の町で、
結構楽しく老後を謳歌しているようにも見える。

決して「ガラが悪い」っていうんじゃないんだな。
良く言えば「素朴」、ストレートに言えば「田舎くさい」。

だけどその田舎くさいお婆ちゃんたちが4人も集って、
LIVIN1階のベンチに並んでおしゃべりしているのを見ると、
なんとも微笑ましくって、私はついついニヤニヤしてしまうのだ。
私の母が生涯持ち得なかった、ものすごいパワーを感じるのだ。

平均寿命はどんどん延びる。
そんな逞しさと恐ろしさだ。

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それぞれの日々

田無の町がどうのこうの、
西東京市のゴミのルールがどうのこうの、
語ってはみたが、もっと肝心なのは私等の心の具合だ。
わかってる。もちろん解っていますとも。

娘といえば、引越しの少し前からバイトをやめていたので、
最近はストレスの塊。
転居後何度か友人に会いに出かけたが、それ以外は
ほとんど引きこもっている。

昨日の朝は友人とオールをして朝帰り。
早朝に帰るなり、「遠すぎる!吉祥寺から1時間かかるなんて有り得ないし!」
とご立腹だ。「田無ってチョ~田舎!!」と怒っている。

知ってますよ。田無は田舎ですよ。

転居前は、吉祥寺まで行くバスの途中に彼の家があるんだと喜んでいたのに。
「早く引っ越したい」と待ち望んでいたくせに。
「あたし、勘違いしてた。新宿まで超遠いよ!」と言う。

快速急行っていう一番速いやつで、高田馬場まで15分。
田舎とはいえ都心へのアクセスはいいとされている田無だけれど、
今まで遠くへ通ったことのない娘にとっては、負担らしい。
終バスが早いので、地理的にはお隣の武蔵野市吉祥寺から夜帰るときは、
わざわざ新宿を廻らなくてはいけなくなる。
そりゃね。私は娘の夜のバイトや夜遊びや朝帰りのことまで考慮して、
住居を決めたわけじゃないですからね。

その点息子は文句ひとつ言わず、黙々と通学しているではないか。
前は都営大江戸線1本で行けたところを、2度も乗り換えをして
結構な負担ではないかと私は多少心苦しく思ったりするのだが、
それでもあと2年のこと。

「(以前使っていた)有楽町線や大江戸線に比べて、
なんか、西武新宿線って…」と、車内の雰囲気や乗客層の違いに
驚きを隠せない様子の息子ではあるけれど、ま、それも慣れるわよ。

この息子、花粉症のうえに私の風邪がうつったらしく、
鼻と咳がとんでもないことになってしまった。
さすがに小山耳鼻科通院を断念した私は、すぐ近所に見つけた
地元では結構有名そうな、レーザー治療をする耳鼻咽喉科を受診させた。
今までの経緯を説明するのが面倒だと息子が言うので、
私も医師とクリニック内を確認したかったために
初回だけ付き添ってみることにした。

花粉症に風邪が重なって、副鼻腔炎をおこしてる。
かなり酷い状態の様子。
「眠くなるけれど、ここまでだとこの薬を飲まないと治らない」
ということで、様々な薬を処方された。

明日から期末試験の息子。
とにかく寝てばかりいる。毎度のことだけれど、
寝ても寝ても眠いらしい。どうにもこうにも眠いらしい。
朝食を食べて寝てしまい、昼食を食べて寝てしまう。
夕飯を食べてまた寝そうになり、今はどうにか起きているけれど
集中力はゼロ。「とにかく全身がダルイ」んだそうである。

少なくとも皆、場所や環境が変わったことのストレスは、
それなりにあるんだろう。
もちろん私だって疲れている。
時々頭の中がグラッとしちゃったりするし。
寝不足がたんまりと溜まっているし。
それでも母の病院へは週に2回、行っている。

練馬を離れること、マンションを購入することを
私が事前に相談しなかったことに、母は気分を害している。
娘が自分の元を離れていくことに淋しさを、
そして娘が離れていくということはすなわち、自分がもう二度と
練馬の自宅に戻れないという意味なのではないかと、
私の転居に、母は複雑な思いを抱いているに違いないのだ。

このところの母は、特にお天気によって気分が変化するようだ。
天気が悪いと、なんとなく暗い。
私も転居前からバタバタしていたので、以前よりも少し早めに、
病院を去ることが多かった。
なんとなく、母と私の間に、薄い壁ができているような気がする。

母は遠い目をして、一点を見つめていることが多い。
その目に何が映っているのか、私にはわからない。

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ゴミの日々

都市部の多くで、ゴミが有料なことは知っていた。
可燃ゴミと不燃ゴミ、それからプラスティックリサイクル資源ゴミが有料。
ゴミ袋は40リットルサイズ10枚綴りで800円もする。
10リットルとか20リットルサイズもあって、値段は当然異なる。

西東京市のゴミについての冊子は結構厚くって、
どういったゴミをどういうふうに出すか、
プラゴミをどの程度綺麗に洗うか、すべてご丁寧に写真入りで解説されている。

そして圧巻なのが、何が何ゴミに相当するのかを調べる手引き、
アイウエオ順の索引だ。

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このところ、
軽くゴミノイローゼ気味である。
ゴミ神経症とでも呼ぼうか。

ダンボールは資源ゴミで、
ダンボールの中の緩衝材も資源ゴミ。
だけど蓋に貼られているテープは
不燃ゴミで、
テープにくっついてしまった髪の毛は可燃ゴミ。

前の練馬区では、かなり多くのものが可燃ゴミとなり、
リサイクルの分別はしていたものの、
結構アバウトなゴミの分け方に慣れてしまっていたから、
余計に混乱が激しいのだと思う。

最近は床に髪の毛が落ちていても、「あ、可燃ゴミだわ」と
いちいち意識するようになってしまった。
そしてマンションのゴミ捨て場に、鍵を開けて入ると、
360度グルリと、とっても細かく分別された、ゴミ捨てスペース。
【蛍光灯】とか【電池など有害ゴミ】とか【古布】とか、
本当にご丁寧である。

ゴミ袋が有料となると、なるべくきっちりと沢山、ゴミを詰め込もうとする。
そして危うく袋が裂けそうになる。
ケチをしてはいけない。
鍵を持って、エレベータに乗って、ゴミを捨てに行くという行為にも、
まだ慣れないせいか抵抗がある。
こんな姿で、極力人に会いたくないとも思う。

それにしてももっと問題なのが、バルコニーに並べられた
120を少し越すダンボールの山だ。
アート引越しセンターは、電話をすれば1回だけ無料で引き取りにくるという。
だけど何かのついでに寄るので、いつ行くか約束はできない。
だからいつでも引き取れる場所に置いておけという。
そんなの無理だってば。田舎の一軒屋ならともかく。
セキュリティが厳しくて、共有スペースの私物化も許されないマンションで、
いつ引き取られるかもわからないダンボールの山を、
勝手に放置するわけにもいかない。

私はこれからこのダンボールに紐がけをして、
そうして1階のゴミ捨て場まで運ばなくちゃいけない。
管理人のおじさんが、それをまた、資源ゴミのダンボールの日に
せっせと外へ出しに行くんだわ。申し訳ないです。

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どうして私はここにいるんだろう

ああ、久しぶりのブログ。

私ってばなんだか知らないけど、西東京市に住んでいる。
48年間一度も23区を出たことのない私が、
なぜだか田無(たなし)なんかに住んでいる。

「どうして田無?」とか
「田無に親戚でも…?」とか、訊かれたりする。

そうよ。だって何の因果も何らの縁もなかった土地ですもの。
なのに不思議と田無。

なんてことはない。
住みたい23区には手が出なかった。
駅近に住みたかった。
駅前が充実したところに住みたかった。
安定したデベの物件を希望していた。
陽当たりの良いところに住みたかった。

なぁんてことを優先していただけだ。
そして田無駅に降り立った時、
「ここだわ」と心の中でひらめくものがあった、という、ただそれだけ。
それだけで充分だったりする。

しかし田無は、やはりどこか練馬とは違う。
噂どおり、確かにおじさんが多い。
おじさん、っていうか、隠居の60代以上のおじさんが
やたらと歩いているような気がする。
駅前の西友LIVINの食品売り場にも、なぜかおじさんが目立つ。
街の将来が心配でもある。
若者が流れてこないと、街が衰退していくからね。

だけど初めて住む街を、一から知っていくのって面白い。
以前住んでいた板橋区は周りに何もなくって、
今思うとほんとにつまんないところだったけれど、
子育て中はあれでよかったんだと思う。

でもこれからは違うわ。
私はどんどん歳をとっていって、身体も思うように動かなくなる。
周りには介護サービス事業所や総合病院なんかもいくつかある。
駅前の専門店街地下の食品売り場でお惣菜を買い、
モタモタと歩いて帰る、20年後の自分の姿を想って、
ちょっとうら哀しくなったりもする。

それでも、昼間電気をつけずに過ごせるしあわせ。
曇っていても、案外部屋が明るいしあわせ。
夕焼けに浮かび上がる富士山を眺めるしあわせ。

しばらくは、噛みしめちゃうわよ。

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