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終わらない

明日は物件の引渡し日。
そしてあさっては引越しだってのに、まだ終わらない。
もろもろの片付けがあともう少し。

結局は当日の朝、すべての使い終わった物を
勢いで箱に放り込んでフィニッシュ!ってことになるんだろう。

結婚してから私は、これが5回目の引越し(離婚してから2回目)だ。
自分で言うのもなんだけど、荷造りとかへんに上手いんだなあ。
ダンボールのレイアウトにもこだわってる。
必ず同じ向きに揃え、きちんと四隅を揃えて
3段4段と積み重ねていく。ああ、美しいわ。

昨日は母の病院へ行って、夜は仕事をして、
そんなこんなでなかなか片付けがはかどらず、
明日は現地で業者を次々お出迎えのため、一日過ごさなくてはいけない。
お昼ごはんを買い込んで、ずっと待機してなくちゃだわ。

ああ、こんなつまんないこと書いてないで、
早く残りの作業にとりかかろう。

次の更新は、おそらく新居から。

なかなか咳が治まらないけれど、がんばろうっと。

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忙しない月末

ああ、なんだか忙しない。

今週の金曜日はついに引越しの日。
まだまだ先だと思ってたのに、ここにきてやっと
「あらやだ!もう時間がないー!」と少々焦っている。

マンション引渡し当日午後から、めいっぱいに予定が詰まっている。
いろんな業者が入り、配送業者も次々と、そして電気やガスも。
当日の午後のいつ届くかわからない息子のデスクを組み立てなくちゃだし、
しかし練馬のほうにもエアコンや照明のとりはずしに業者が来る。

今回は娘もフル活用させてもらおう。
前回の引越しは今回よりも大規模だったけど、
それでもたった一人で動き回り、ものすごいことになったものな。

前回同様、曇りのち雨の予報。

引越しや掃除で大わらわなのに、火曜日には母の病院、
そして水曜日までには仕事を1本終えなくちゃと予定している。
それなのに今、風邪をひいている。

心身ともに、イマイチの月末…。

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魅惑の天パァ

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息子、いつのまにかロン毛である。
それも生まれついての天然パーマってやつ。

洗髪直後は直毛っぽいが、
一晩寝て起きると、派手な頭になっている。

こんなウェーブは、
つくろうと思ってもなかなか難しいはず。

私は毎朝、ベルサイユの薔薇の世界に…?

「アンドレ…」

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花粉行列

ここ数日の、いきなりの花粉大量飛散。
ちょっと意識して耳を澄ませば、街中のあちこちでくしゃみが聞こえる。

娘も息子もとんでもないことになっている。
娘は瞼が腫れているし、息子はくしゃみ連発。鼻水だけでなく咳まで出てる。
しかし昨年末からずっと耳鼻科に通い、アレルギーの薬を
しっかりと服薬しているはずの息子が、なぜここまで?と思い訊いてみる。

「アナタ、ちゃんと寝る前にエバステル飲んでる?」
「いや…。ずっと飲み忘れてる…」

…どうりで。

私が苦労して朝に番号を取りに行き、息子自身も苦労して
夜の11時ごろに回ってきた順番の診察に自転車を走らせたり、
もうすぐかしら?としょっちゅう診察番号案内に電話で確認したり、
自分のためだったら絶対にやらないような苦労をして、
手に入れた薬なのに…。

っていっても、別にそのアレルギー薬自体は、特別なものではない。
今まで内科で処方してもらっていた時期もある。
でもね、小山耳鼻科を受診するのは相当の労力が要るので、
心理的薬価は非常に高いんである。

せっかくの薬を、それもこの花粉の酷い時期になって飲んでないなんて、
いったいどれだけバカなんだろうと、息子に腹が立って仕方なかった。
お金や苦労や私の愛情をないがしろにされたような、
まあ大袈裟にいえばそんな感じに近いわよ。

それで今朝はひと月ぶりの通院。
この時期だから、今までのような時間帯に行ったんじゃ無理だろうと
判断し、いつもよりうんと早めに家を出て、現地に8時15分頃到着した。
小山耳鼻科の前には既に長蛇の列。
先頭の方なんか、フードかぶって椅子に座って毛布までかけてる。
徹夜組ですか?なんて訊きたくなる。

受付開始の8時半まで、出勤途中の人の行き交う中を
日陰の寒い道路でしっかりと待ち続けた。
受付が終わったのが9時2分前。51番。偉いよ、私。

母の病院から電話で確認すると、今日は順番の回転がよくって、
2時45分の時点で44番だという。小手指から電車に乗った頃には48番!
もう無理だ、間に合わない!と諦めかけたものの、
結局ぎりぎりでセーフとなった。48番の人がやったら長かったのだ。

番号が過ぎてしまったら基本アウト。本日の診察は不可能となる。
まったく今日はヤキモキしたよ。何度かパニックになりかけ、
病院に忘れ物はするわ、電車を乗り間違えそうになるわ、
なんともイヤな一日だった。

もうこんなことはやめよう。今月で最後にしよう。

「もっと遠くから通ってる患者さんもいっぱいいる」と小山医師は言うけれど、
引っ越したらやっぱり無理。
誰がバスと電車と乗り継いで、朝早くから順番取りにくるってのよ?
何時になるか全く見当つかない診察のために、どこでどうしろと?
いつ息子に番号札を手渡すっての?
お~、やだやだ。
たとえ月1とはいえ、こんな思いは沢山だわ。

と、結局気の短い私は、こういった困難には打ち勝てないのである。

本日処方されたのは、前回と同じ、
フロラーズ点鼻液噴霧用4本、吸入薬アドエア100ディスカス60回分、
エバステル錠、バイナス錠、点眼薬パタノール2本。以上28日分。
合計7,830円。
診察・医学管理費等・処置。 合計1750円。

合わせてひと月約1万円かかる鼻って、どれだけ立派よ?
どれだけよ?
…なんていう意地悪も言ってみたくなる今日この頃。

皮肉なことに彼の鼻には今、素晴らしくでかいニキビが2個。
1万円の鼻なんだから、もっとマメに洗顔してほしい。

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所属感

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12日後には、引越し。

2月は思い切って、
カウンセリングルームを閉鎖している。
もともとこの時期は来客数も減るし、
なんていったってこの不景気。
財布の紐が固いのは、どこの誰も同じだ。

仕事場だった部屋に、荷造りしたダンボールをどんどこ運ぶ。
すでに山積み状態である。
3人分の家具と仕事部屋の家具、ダンボールの数々。
ほんとに4トントラックで間に合うんだろうかという不安が、
最近チラチラと頭をよぎる。

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私は今後の自分の身の振り方をあれこれと考えていて、
娘は娘で同じように(内容的には全く違うけれど)、
自分の未来に想いを馳せているようだ。

息子は…わからない。

自宅で仕事をするという不安定さに、
押し潰されそうになることがある。
この先の自分の、あまり芳しくないだろう未来を、
独りで生きていくことの頼りなさに、
心が波立つことがある。


要するに、所属感の欠如、ってことなのかな。

どこかの誰か、だったり、
誰かの何か、だったり。

日曜の夕方5時17分の空。

薄暗く曇った空の、僅かに顔を覗かせる、希望の雲。

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気持ちの良いこと悪いこと

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一昨日オオゼキの鮮魚売り場で、
またもこっそり盗撮してきた。

口を大きく開けて横たわる魚。
オオゼキでは直立してるんだけど。

この様は、母の病室にいらっしゃる
隣のお婆さんに、よく似ている。
まあ、鮮度は違うけれど。

顎関節はいったいどうなってるんだ?と疑いたくなるくらい、
人間は意外なほど大きな口を開けられるものらしい。

口の開き方は、その時々によってもちろん変わる。
中くらいのときもあれば、母の幻覚のように、
本当にウサギが口から入ってしまうんじゃないかと思うくらい、
大きく開いていることもある。

枕元のテレビはスタッフがつけてくれる。そしてイヤホンを
耳に入れられたまま、隣のお婆さんは口を魚のように大きく開いて、
テレビに背を向けて眠っている(のだろう)。

お婆さんの耳には何が届いているのか、響いているのか、
お婆さんの眼には何が映っているのか、私にはわからない。
それでもお風呂から戻ってきたお婆さんの顔にスタッフは鏡を向け、
「ほうら、きれいになったね。さっぱりしましたねぇ」と力強く声をかける。

私には分からなくても、長いこと介護をしているスタッフには、
お婆さんの僅かな快の反応を、きちんと読み取ることができるんだと思う。
素晴らしいことだと思う。

母はどんどん認知症が進行しているみたいだ。
それは担当医からも宣告されていることだし、
当然の成り行きだと思っている。
ほんの少しでも進行を遅らせるために、あらゆる手を尽くしている方も
いらっしゃることは知っているのだが…。

母は昨日どうしても、「テレビ」という言葉が思い出せなかった。
「その中に洗濯物と人形が入ってるでしょ」と言う。
「(テレビの)蓋を引き出してごらん」と言う。「中に電気がついてるでしょ」

母は夜中に何度もナースコールをして、スタッフを困らせているようだ。
「私のパンティ、脱がせた?」と訊かれて、若い男性スタッフは焦ったらしい。
「だって私、パンティ履いてないでしょ?」
「履いてますよ。これはパンティじゃなくて、パジャマのズボン!」

などという会話が夜中に延々と繰り広げられているらしい。
母の身体感覚はだいぶ狂ってきているので、履いているとか着ているとか、
どれくらい着ているとかが、時々分からなくなるのだ。

そして不思議なのは、こういった会話の一部始終を、
ことごとく母が憶えていて、私に話して聞かせる能力があるということだ。
話しながら母は顔をくしゃくしゃにして笑う。

「パンティには右と左がありますでしょ?」
「ありますよ。でも、これはパジャマのズボン!
こっちが右でこっちが左!さあ、もう寝る!」

だなんて、忙しいスタッフを困らせていることを想像すると、
私も母に合わせて大笑いしてしまう。
まったく他人事だと思ってか、薄情な娘だと思う。
でも、深刻になったところで、どうにもならないではないか?

母には「どうしても隣に部屋があるのよ」と、病室ではなく、
何か自分が所有している部屋があるという感覚がどうにも抑えられない。

「おかしいなあ…。隣の部屋にある金魚鉢を、
どうしてもアンタに見てほしかったんだけどなあ…」と母は残念がる。

金魚鉢の中には蛇の抜け殻と、あともうひとつ、何かが入っているらしい。

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母の脳

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先週から母のいる病院に、お雛様が飾られている。
近くで見るとそれほど上等ではなさそうで、
五人囃子とか結構気持ち悪いことになっている。

最近の母は相変わらず。
冴え渡った脳とこんがらがった脳のごった煮みたいな。

天井の隙間に見える頭蓋骨にネズミが群がって
齧りついていたり、隣のお婆さんの口いっぱいに、
ウサギが入っていたりする。

キライなスタッフは自分に酷い言葉を浴びせるというし、
向かいのお婆さんは夜中に、ベッドヘッドの隙間に頭を挟まれて
顔が変色してしまっているので母が慌ててナースコールをしたら、
キライな男性スタッフが良く見もしないで「大丈夫」だと言う、
そのことが腹立たしいという。

今日は母の好きな酒まんじゅうを持っていったら、
喜んで頬張る。餡子がたくさん入っているため重たくて手が疲れるので
半分に割ってくれという。
「ウマイねっ!ウマイッ!!」と眉根を寄せて力強く呟く母を見ていると、
真面目なんだかふざけているんだか、時々本当に分からなくなる。
江戸っ子の母は昔から家の中では、時々あまり上品でない言葉を使う。

私はとりあえず、母がおどけているのだと思うことにしているので、
そんな母のコミカルな様子を見て大笑いをしている。
娘が楽しそうなら、母も楽しいだろうと思う。

母は昨日の夜中、犬と猫が病室にいるのを見た。
知らないふりをして黙って紙袋を持って廊下まで行き、扉から紙袋を
放り投げたのだという。

「紙袋の中に何が入ってたのよ?」と私が訊くと、
母は可笑しそうに、「犬と猫よ」と言う。
そうして顔をくしゃくしゃにしながら、
「でもヘンよね。廊下の扉なんて夜中に開くわけないしね」と言う。
「そうよ。お母さん、歩いていったわけ?」

夜間せん妄が怖いのは、そうやってワケがわからなくなって、
歩くどころか立つことすらできない母が、降りようとして
ベッドの柵の隙間から身体を滑らせる可能性があることだ。

混沌とした母の脳の一部分はしかし、驚くほど正確に機能している。
今週は何曜日に誰が来るかとか、長女が言った言葉、
次女との会話、スタッフの名前や家族構成などなど、
呆れるほどにきっちりと記憶されている。

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世界を回す女

「冬は寒いもの!お腹は痛いもの!」

娘はそうきっぱりと、言い放つ。

寒そうな格好をして出かけるので、寒がりやの私がつい口を挟むと、
「冬は寒いものだよ!」

寒けりゃ温かくしていれば快適に過ごせるのではと思うのは
大人の発想なのか?
そんなことよりも、「今日はコレを着たい」とか
「コレにはコレが合う」という基準で服をコーディネートするので、
季節感というものがない。

私から見たら薄着で出かけてばかりいるので、
私はついハラハラする。
渋谷のとんでもなく混雑するダイニングカフェのようなところで昼間バイトをし、
夜は地元の居酒屋でバイトを続けたりしてた娘だから、
いつインフルエンザに罹患してもおかしくないと思うわけだ。

それでも元気でやっていた娘だが、最近おそらくウィルス性の、胃腸炎に罹った。
下痢、軽い発熱、頭痛胃痛腹痛、身体のだるさ。
どうしようもない体調の中、バイトをし、ライブをこなしてきた。

昨日はまだ胃痛腹痛もあったくせに
「だいぶ体調がいいから、今日は買い物にでも出かけよう」と言う。
呆れつつも、本人はどうしたって出かけるつもりでいるようなので、
それならばと、一緒に出かけることにした。
新居の娘の部屋につける照明を買いに、池袋まで。

だけどさすがに体力が落ちていて、すぐに疲れてしまう。
お腹をさすっているので、「まだお腹痛いの?」と訊くと、
「お腹は痛いもの。そう思ってればいいんだよ」と答える。
娘は確信に満ちたような言葉を吐くので、なんとなく言い返す気にもなれない。

いくらか快方に向かってくると、やたらにお腹が空いてくるようだ。
ゆうべは娘のためにつくったカレイの煮付けを喜んで食べてから、夜のバイトへ。
私と息子の夕飯のおかずが中華風肉団子だと知ると「イジメだ!」と言う。
「あたしが食べられない時に、どうしてあたしの大好きな肉団子をつくるんだよぉー!?」
ということだ。

自分が不在の晩にとんかつだと、娘は怒る。
春巻きだったり鶏の唐揚げだったりすると、怒る。
「どうしてあたしのいない時にぃ!?」

世界はあたしのために回ってるのか。

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走ること

マラソンが大嫌いだった私の息子が、
やはりマラソンが大嫌いで悩んでいる。
そう、毎年のことよ。

学校の周り、都会のど真ん中を、グズグズモタモタと
早い子よりも何周も遅れて走り、クラスの誰よりも一番遅く
ビリでゴールするその情けなさっていうか恥ずかしさっていうか
死にたくなるようなみっともなさ、屈辱感っていったら。

まあそこまで自分を追い詰めることはないと思うんだけど、
おそらく息子の感覚はそんなものなんだろう。
毎年三学期になると、学校の体育で走るマラソンに
とてつもない苦痛を感じているようだ。

それでもって昨日から息子、
「夜に近所を少し走って体力をつけてみる」という行動に出た。
将棋部から帰宅部になった息子に、体力持久力などあるわけもなく。
運動部に所属している男子が多い中、
その体力脚力とは雲泥の差があるのは当然のことだ。
それでなくても生まれつき、せつないほどに足がのろい。

昨日は10分ちょっとですぐに戻ってきて、
自分の体力のなさを思い知った息子。
ここ数日、彼が長い時間を過ごしていたのは、
ベッドの上かパソコンの前かダイニングテーブルの前かトイレの中くらい。
少しだけの外出程度はしたものの、運動なんてまったくしない。

今朝は筋肉痛だとかで、足が痛い腰が痛いと言い、
それでも今日の夜、再び近所に走りに出かけた。
帰宅するなり玄関で、ハアハアと荒い息づかいが聞こえる。
見ると床に倒れこんでいる。

だいたい、ジーンズはいてベルトして、
コンバースのペタンコのスニーカーだなんて、いかにも走りづらそうだ。
おまけに「眼鏡だと走っててグラグラ揺れるから」といって、
わざわざそのためだけに夜の10時過ぎからコンタクトを装着するって…。

なんともご苦労なことだと思う。
「バカらしいからやめたら?」と言いたい気持ちを抑えて、
適当にからかうだけに留めている。

「どうせ続かないよ」と自分でも言っている。
ほんの少しでも、人前で恥をかく度合いを弱めたいという
消極的なモチベーションでは、冬の夜のマラソンを続けるのは難しそうだ。

それにしても、息子が走る姿は妙にせつない。
そういえば最近何年もその姿を見ていないけれど、
泪が出そうになるので見たくはない。

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節分に想う

節分商戦。といっても、たいした売り上げではないだろう。
2月はヴァレンタインの方がメインだからね。

でも、節分の日っていえば、昔は豆まきだったでしょ。
少なくとも関東では、恵方巻きを食すなんて文化はなかったわけで。
だけどもここ数年、スーパーなんかが必死に恵方巻きとかいって、
たとえばオオゼキあたりでも、お惣菜コーナーに太巻きをたくさん並べてみたり、
店内アナウンスで恵方巻きについての解説を流してみたり、
ふと生菓子の辺りを見ると、恵方ロールとかいって、
ごっつく太いチョコのロールケーキが並んでいたり、
ほんとにすっかり定着してしまったようだ。

考えてみれば、大豆に鬼のお面をくっつけてみただけの豆まきグッズよりも、
恵方巻き云々の商品のほうが値が高いぶん、儲け幅も大きいんだろう。
だからきっと豆の立場が弱くって、だから私は今年、豆を買いそびれたのだ。
きっとそうだ。

「今年は豆まきしないんだね?」と夕飯が終わった後に息子に訊かれ、
あら!と気づいた。
そうか、毎年我が家では、結構律儀に豆をまいていたんだっけ。
「もう引越すからいいんだね」と言われ、う~ん…それもそうかなと思うことにした。

そういえば去年の今日はまだ、マンションの出入り口に私と一緒に母が立って、
息子が豆まきをする馬鹿デカイ声に大笑いしたんだっけ。
まさか一年後に、こんなことになっていようとは、ほんとに夢にも思わなかったな。

息子は今、学校が中学受験の真っ最中なので、
今週は金曜日までずっとお休み。
昨日はヒマな息子を連れて、母の病院へ行った。

相変わらず、向かいのお婆さんの枕元に、真っ白のテリア犬がはべっていたり、
隣のお婆さんの首に、蛇が巻き付いて舌で舐めていたり、
斜め向かいのおばさんの横の棚に置いてある人形が
「昨日はよく喋ったのよ。看護婦さんも『今日はよく喋るわ』って言ってたわ」
なんてふうだったり、する。

それでも息子には
「お婆ちゃんが生きているうちに、何でも言っておくんだよ」なんて、
いくらか涙目で語る。
「この子には彼女、できるかね」などと心配する。
それから、息子の顔を見て、
「誰かに似てる。誰か…女優に…」とか言う。へ?女優?

帰り際に息子に手を差し伸べ、しっかりと握手を交わす。
手を離し、「男らしい手になった」と言い、
「いい男になるんだよ」と、息子を激励する。

中野の病院にいた時みたいな、感動的なシーンとはちょっとだけ趣きが違う。
滑稽ではないし、ユーモラスというのでもない。
向こう岸からフワフワと雲に乗って降りてきた人の
言葉を夢の中で聞いているような、なんとなく、そんな感じがする。

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