母の回想録をつくるために、予め定められた質問にしたがって
何度かインタビューをしてきた。
母が幸せだったのは、子供の頃。
特に、自分の母が、本当の母親だと知る前までのこと。
それでも優しくて甘い父親に大事にされて、母はひどく我儘に育ったようだ。
そして集団疎開。
最上級生だった母が、日誌を書くために朝礼に参加しなかった朝、
教師にそれを咎められ、叩かれ、転げたこと。
いちばん幼かった3年生の子が毎晩親恋しさに泣いていたこと。
戦争が自分を強くしたと思うこと。
そんな貴重な話も聴いた。
病床にあった夫が、死ぬひと月ちょっと前の結婚記念日に、
「おまえと一緒になって、よかったよ」と言ったこと。
どこまで本当かわからない。
最近は特に、母の記憶はかなり歪んでしまっている。
とても調子よく、狡猾に歪んでいたりする。
母が今いちばん傷ついているのは、
「私はどうやら立派な母親ではなかったらしい」ということのようだ。
子供達が皆、自分が料理しなかったということを責めるからだという。
長女からも次女からも私からも指摘されるから。
母の中の記憶では、自分はしっかり料理をつくっていたらしいのだ。
「天麩羅なんか、よく揚げたじゃない」なんて言う。
「うちで揚げ物ができるんだって知ったのは、お父さんが入院してた時に、
コロッケ揚げたのが初めてよ」と私は言う。
「嘘よ~。よく蛤の天麩羅とかつくったわ」
って、いったいどんな嘘なんだろう?
うちに蛤なんてものを見た記憶もないし、母が揚げ物をしている姿なんて
私には記憶にない。とんかつは近所のお肉屋さんで買ったんだよ。
「そんなに料理しなかったってことが、いけなかったの?」と、
母は夫の死後、自分の親に炊事いっさいを任せてしまったことを気にする。
いや、父親が死ぬ前から、母は炊事が大嫌いだったのだ。
土曜日に学校から帰っても、私にお昼ご飯が用意されていた記憶はない。
もちろん私の記憶だって、完全なものではない。
人間はいくらでも、勝手に記憶を書き換えるのだから。
だけどそれは子供の中の真実なんだから、
子供は子供で、母のファンタジーを受け入れる気持ちにはならない。
だけど今の母に、あまり厳しいことを言うと気の毒なので、
ついつい私は、無理矢理なフォローを試みる。
「料理をつくるってことは、何を食べようかっていう、
人間のいちばん大きな本能だよ。
何にしようかと思って買い物に行って、調理をして片付けをして、
それだけでもすごくいい運動になる。頭と身体を動かす。
食べることにあまりに興味がなくて、早くからそれを放棄しちゃったことで、
お母さんは足腰が弱っちゃったでしょ。
私たちはそれが残念なんだよ。
だからつい、料理をしなかったっていう話になっちゃうんだよ。
そしてそれは自分自身に対する戒めでもあるんだよ。
私も独りになったら、もしかしたら料理なんてしなくなるかもしれない。
お母さんは本当に、料理ってものが嫌いだったんだね。
そんなにも嫌いでしたくなかったんだから、
代わりにしてくれる人がいたんだから、それはそれでいいじゃない?」
なんていうようなことを、私は言って、ごまかす。
だけどほんとうの気持ちはちょっと違う。かなり違う。
母は、自分が良い妻であり、夫から愛され大切にされた、幸せだったと、
夫婦の物語を閉じている。
だけど母親としての自分はそんなに駄目だったのかと、足りなかったのかと
最近になってから様々な想いを馳せるようになったようだ。
足りないことが駄目なんじゃない。
駄目な母親だということが、厭なんじゃない。
そのことに気づかずにいる、自分をごまかすことが上手すぎる母に、
納得がいかないのかもしれない。
母親が、今の自分を「幸せだ」と感じられるように、なんて、
そんなこと私にはできない。
それだけの能力がないことと、そうしてあげるだけの熱意がないこと。
そして何よりも、今を幸せと感じるかどうか、
その感知センサーは、本人だけが持ちうるものだし、
本人が精度をあげるしか、方法がないんだと、私は思っている。
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