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お陽さまのシアワセ

洗濯した衣類を外に干す、という行為。
久しぶりだわ、久しぶり。
久しぶりに今日、洗濯物を外に干したのよ、私は。

なぜなら1月の下旬くらいから、「花粉だ花粉だ」と騒ぐ娘がいて。
やたらに過敏な娘は、外気の中に少しでも花粉を感じると、
大騒ぎをしだす。
それでも今年はなかなかアレルギー薬をもらいに行かず、
きちんと持続して服用することはなかった。

息子は万年アレルギー鼻炎なので、
鼻水やら痰やらと常に仲良くやっており、傍で心配するほど
過剰に花粉に反応することはなかったように思う。

スギが落ち着いたとはいえ、今はヒノキなのかしら。
娘は数日前から「喉が腫れて痛い」を繰り返す。
「風邪をひいた」と言い、「花粉がヤバイ」と言い、
それなのに昨日は自転車で高円寺に行き、それから中野まで行き、
「自転車に乗りながらチョコもなかジャンボ食べてたら、
変なおじさんに『うまそっ!』って言われて気持ち悪かった~」
などと笑っていた。自慢ではないが、行儀の悪い娘である。

今朝になったら瞼も腫れていて、
起きぬけから「ほんとに花粉がヒドイ」と呟く。「ヒノキだ、ヒノキ」
自業自得ともいえるか。

子供達のアレルギーの数値は結構高いので、
洗濯物はずっとお風呂場に干してきた。
換気扇を回しておけば案外乾くものだし、その後乾燥機やデロンギの
上に置けば、しっかり乾かすことができるからだ。

今日は久しぶりに私と息子のぶんだけ、外に干してみた。
夕方早めに取り込むと、なんだか幸せな気分になったよ。
お陽さまの有り難味を、取り込んだ洗濯物を抱える両腕で感じる。

夏になれば、娘のアレルギーも一段落する。
結局一年を通して何でもないのは、真夏だけだったりする。

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早起きの日々

今月の21日から、ずっと早起きの日々である。
何故かといえば、27日の日曜が、
朝から息子の将棋大会個人戦(麻布高校にて)で、
今日29日が同じく団体戦だったから。

明日こそ休みのような気がするのに、明日は学校じゃないの。
そして翌5月1日は運動会だわ。

ま、その翌日から6日までは普通にお休み。
やっと私も多少の朝寝坊が許される。

私の目覚ましは5時40分に鳴って、その後もう一度45分に鳴る。
そうしてしぶしぶ、47分くらいに起き上がる。
ネムイネムイネムイ…

息子は最近カラオケにも行かなくって、
将棋会館にもめったに行かなくって、行くところといえば、
新宿、池袋あたりのCDショップくらいだ。
お金がなければ買えないし、買えなければ行かない。
だからほとんど家にいる。

連休くらい、どこかへ行ってくれないかしら。
昼の2時ごろ起きて、朝の4時ごろ寝られる生活は鬱陶しい。

GW中は、どこへ行っても幸せそうなファミリーで溢れていて、
ほんのちょっとブルーになる。
幸せそうに見えたって、それはただそう見えるだけで、
実はガタガタの家族だって沢山存在することを知っているけど。

大雨が降っても私は別に構わないよ。
だけど何故か、イヤミなくらいに晴天が続いたりするものよ。

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平成つつじ公園

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確か、いつだったかの練馬区長が大のつつじ好きだったとかなんとかで、
練馬文化センターの脇に、平成つつじ公園というものがだいぶ前につくられたのだった。

今日の午後、仕事を終えてから、買い物の前に公園を覗いた。
改めて色々な種類のつつじがあることを知る。
潅木ばかりと思いがちなつつじだが、結構な高木もあり、
私は背の高い樹木の方が好きなので、
同じような花でも綺麗に見えるような気がする。

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かと思えば、
地面に這いつくばるように咲く、
珍しいつつじもある。
これはこれで、とても美しい。

公園を去ってから、もう少しだけ明るい場所に身体を置きたかったので、
駅のモスバーガー・文化センター寄りに入った。
玄米フレークデザートの新しいヤツが発売されていたけれど、
まったく食べたくなかったのでやめておいた。
そしてまったく飲みたくなかったブレンドコーヒーを飲んだ。
飲みたくないときに飲むコーヒーほど、不味いものはない。
もっともモスのコーヒーは、はじめから美味しくないと私は思う。

携帯で撮影したつつじの写真を眺めながら、
ぼーーーーっとしていた。
この一週間の出来事だとか、いろんな人の顔を思い浮かべたりして、
珍しく本も読まずに、ただ、ぼーーーーーーーっとしていた。

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訂正だわ

昨日書いた下の記事の訂正。

私、何書いてるんだろ。

>母が幸せだったのは、子供の頃。
特に、自分の母が、本当の母親だと知る前までのこと。

ではない。それって当たり前だわ。

正しくは、
自分の母が、本当の母親ではないと、知る前までのこと。

でありました。

母が小学校3年生くらいの時、
一人で出向いた歯医者さんで、そこの先生に、
「アンタのお母さんは、ほんとのお母さんじゃないんだよ」と
いきなり告知されたそうだ。

帰宅して娘の言葉を聞いた父親は、
怒って歯医者に怒鳴り込みに行ったとのこと。

私は泣きながら家に走って帰る、
おかっぱ頭の9歳の母の姿を想い浮かべるだけで、泪が出る。

まったく勝手な想像だけどね。

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幸せの感知センサー

母の回想録をつくるために、予め定められた質問にしたがって
何度かインタビューをしてきた。

母が幸せだったのは、子供の頃。
特に、自分の母が、本当の母親だと知る前までのこと。
それでも優しくて甘い父親に大事にされて、母はひどく我儘に育ったようだ。

そして集団疎開。
最上級生だった母が、日誌を書くために朝礼に参加しなかった朝、
教師にそれを咎められ、叩かれ、転げたこと。
いちばん幼かった3年生の子が毎晩親恋しさに泣いていたこと。
戦争が自分を強くしたと思うこと。
そんな貴重な話も聴いた。

病床にあった夫が、死ぬひと月ちょっと前の結婚記念日に、
「おまえと一緒になって、よかったよ」と言ったこと。

どこまで本当かわからない。
最近は特に、母の記憶はかなり歪んでしまっている。
とても調子よく、狡猾に歪んでいたりする。

母が今いちばん傷ついているのは、
「私はどうやら立派な母親ではなかったらしい」ということのようだ。
子供達が皆、自分が料理しなかったということを責めるからだという。
長女からも次女からも私からも指摘されるから。

母の中の記憶では、自分はしっかり料理をつくっていたらしいのだ。
「天麩羅なんか、よく揚げたじゃない」なんて言う。
「うちで揚げ物ができるんだって知ったのは、お父さんが入院してた時に、
コロッケ揚げたのが初めてよ」と私は言う。
「嘘よ~。よく蛤の天麩羅とかつくったわ」

って、いったいどんな嘘なんだろう?
うちに蛤なんてものを見た記憶もないし、母が揚げ物をしている姿なんて
私には記憶にない。とんかつは近所のお肉屋さんで買ったんだよ。

「そんなに料理しなかったってことが、いけなかったの?」と、
母は夫の死後、自分の親に炊事いっさいを任せてしまったことを気にする。
いや、父親が死ぬ前から、母は炊事が大嫌いだったのだ。
土曜日に学校から帰っても、私にお昼ご飯が用意されていた記憶はない。

もちろん私の記憶だって、完全なものではない。
人間はいくらでも、勝手に記憶を書き換えるのだから。
だけどそれは子供の中の真実なんだから、
子供は子供で、母のファンタジーを受け入れる気持ちにはならない。

だけど今の母に、あまり厳しいことを言うと気の毒なので、
ついつい私は、無理矢理なフォローを試みる。

「料理をつくるってことは、何を食べようかっていう、
人間のいちばん大きな本能だよ。
何にしようかと思って買い物に行って、調理をして片付けをして、
それだけでもすごくいい運動になる。頭と身体を動かす。
食べることにあまりに興味がなくて、早くからそれを放棄しちゃったことで、
お母さんは足腰が弱っちゃったでしょ。
私たちはそれが残念なんだよ。
だからつい、料理をしなかったっていう話になっちゃうんだよ。
そしてそれは自分自身に対する戒めでもあるんだよ。
私も独りになったら、もしかしたら料理なんてしなくなるかもしれない。
お母さんは本当に、料理ってものが嫌いだったんだね。
そんなにも嫌いでしたくなかったんだから、
代わりにしてくれる人がいたんだから、それはそれでいいじゃない?」

なんていうようなことを、私は言って、ごまかす。
だけどほんとうの気持ちはちょっと違う。かなり違う。

母は、自分が良い妻であり、夫から愛され大切にされた、幸せだったと、
夫婦の物語を閉じている。
だけど母親としての自分はそんなに駄目だったのかと、足りなかったのかと
最近になってから様々な想いを馳せるようになったようだ。

足りないことが駄目なんじゃない。
駄目な母親だということが、厭なんじゃない。
そのことに気づかずにいる、自分をごまかすことが上手すぎる母に、
納得がいかないのかもしれない。

母親が、今の自分を「幸せだ」と感じられるように、なんて、
そんなこと私にはできない。
それだけの能力がないことと、そうしてあげるだけの熱意がないこと。

そして何よりも、今を幸せと感じるかどうか、
その感知センサーは、本人だけが持ちうるものだし、
本人が精度をあげるしか、方法がないんだと、私は思っている。

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におう

こうやって今みたいに夜、自宅のコンピュータに向かっていると、
背中のほうで、臭うんだな。

何が臭うって、息子の制服よ。

「ひょ、ひょっとしてこれは、私から発しているニオイでは?」と
一瞬不安になり、自分の服をクンクンしたりするのだが、
やはり私ではない。断じて私ではない。
息子だ。息子の制服だ。

PCの置いてある机、私が座っている椅子の斜め後ろの
ハンガーポールに吊り下げられた、息子の学ランだよ、犯人は。

私の自宅での作業場は、去年まで娘の部屋だったところだ。
私の元仕事部屋を娘に与え、私の仕事部屋を引っ越したから、
娘の元自室は今、私の自宅での作業スペース兼
息子の衣類置き場兼ごくたまにしかやらないテレビゲーム部屋兼
物置部屋になっている。

息子は学校から帰ると、さっさとこの部屋に入り、
制服を一応ハンガーに吊るす習慣がついたので、
そういったところは娘よりもまだマシである。

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だけど、クサイ。
どうしてこんなにクサイんだろう。
思春期特有の皮脂分泌のニオイ、
それに何回か、
傘をささずに雨に濡れたことによって、
いっそうニオイがパワーアップしたに違いない。

このところ毎日、
ファブリーズをシュッシュとかけまくるのだが、
どうしても臭う。
日曜日にまた洗わないと堪えられない。

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感情

人の感情なんて、案外容易く変わるものかもしれないよ。

離婚してから一年半経った今、
しみじみと私は、人の心の不思議を想う。

昨日7ヵ月ぶりに、上京してきた元夫に逢った。
去年と同じように、息子と三人で。

息子はセンチメンタル坊やなので、ほんとは家族四人で逢って、
束の間昔の感覚を味わいたいのだと思う。

だけど娘は絶対にそんなことはしたくなくて、
できることなら古い傷をそんなに度々いじられたくないと思っているようだ。
私と父親が並んでいる姿を、見たくないと言う。

息子は私と父親が、普通に笑って話している姿を見て、
なんとなくホッとしているように見える。
「逢えただけでも良かったよ」などと父親に、
いじらしいことまで言う。

お昼を一緒に食べて、それから二回お茶をして、別れた。
すぐにまた、来週にでも逢うみたいな感じでサラリと
手を振って別れた。池袋駅前の雑踏の中で。

私の心は真っ平らで、つまらないからデパートを二か所ブラブラし、
滅多に覗かないアクセサリー売り場をうろうろしてから帰った。
息子はCDショップを2~3か所巡ってから帰宅したようだ。

「日本のどこかで元気で生きてるってだけで、嬉しいよ」
だなんて、息子はその時思いついたっていうよりは、
一年半の間のどこかで、自分に言い聞かせてきたみたいな、
ちょっととってつけたような台詞を私に向って呟く。

死んだ人と別れた人は、
その人のことを嫌いだったり憎んでいたのではない限り、
かなり美化されていくことも多い。

「アナタ、だいぶ美化してる?」と息子に訊くと、
「それはあるかもな」と答える。

そう。あの頃の日々が今も続いていたら、
息子と父親は、間違いなくお互いを、もっと傷つけあっていたに違いない。
離れてみて、お互いの良いところだけを見ることができるようになって、
あるいはそうすることで自分を正当化して…
あるいはそうすることで自分の心を支えるように努めて…
結果、良かったんじゃないのかしら。どうかしら。


私の心の中には、過去の部屋がある。
扉の中に、別れた夫がいる。

扉の開閉は、今の私にとって、辛い作業ではない。
私の感情が、乱されることはない。
快でも不快でもない、不思議な感情だと自分でも思う。

物足りないくらい気持ちが動かなかったなと思っていたけれど、
夜中になって、やっぱり少し、疲れたのかもしれないと感じた。

扉を閉めて、私は未来を生きるよ。

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伸びていくプラウドタワー

どんどん上に伸びていっているわ。
練馬プラウドタワー。
当たり前だけど。

Proud

ビルの一面に、目安として
「○階」という数字が書かれたシートが
掲げてある。

この間まで8階のところで
止まっていたのに、
アレヨアレヨという間に、
今13階の高さまで伸びてきている。
完成時には29階までいくのだから、
今の倍以上は軽く上方に
聳え立つことになるわけだ。
やはり、すごい威圧感だなと思う。

最近、マンションの値崩れが激しいっていうじゃないの。
土日には駅よりの手前の交差点で、
マンションの案内プラカードを持ったバイトのお兄ちゃんが
薄着で震えながら座っているけれど、
実際ショールームがそれほど賑わっている様子はないぞ。

プラウドタワーは、折込チラシはもちろん、
ポストへの投げ込みチラシもかなりの回数入ってきている。
予想よりも売れていないとか?
どうなんだろう?

…などと心配する必要など、どこにもないわけで。

近い将来娘は、高円寺に住むと決めているらしい。
高円寺で酒に酔い、路上で弾き語りなどをするらしい。
ほんとかな。

「お母さんは吉祥寺に住むんでしょ?近くていいね!」
などと言っている。

あら、私将来、吉祥寺に住むの?

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だから歩いていくんだね

こんなに雨が続くと、死にたくなっちゃう人もいるだろうな。

事実、夜になって、電車の人身事故だって。
帰宅した娘がそう言っていた。

4月、5月。
何かとストレスが溜まる時期。
春は人の気持ちをウキウキさせるけれど、不安定にもさせるのね。

娘も就職のことで頭がいっぱい。
なんだかバイトも転々としているし。

息子もストレスを溜めている。
新しいクラス。馴染めない友人。
趣味の合うやつに今度こそ出会えると信じてたのに、
なんだよ、今度も空振りか、って。
今年は最高の運勢だって、ネットの占いに書いてあったのに、って。

待っていても幸せが舞い降りてくることを願う男。
あなた、そんなこと、無理ですから。

幸せは、歩いてこない。
だから歩いていくんだね~♪ですから。

「人生はワンツーパンチ」って、どういう意味だろう?

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生きていく

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何かが心配だったり、誰かのことが気がかりだったり、
そんなことの何もない大人の生活なんて、
たぶんないんだろう。

大なり小なり、誰もがストレスを抱えていて、
何かしら哀しみや痛みのひとつやふたつ背負っていて、
そうやって生きていくのが普通だろう。


Tutuji

ああこれで安心、だとか
これでもう、思い残すことはない、とか
生きてる限り、そんな心持ちになることは、ないのかな。

私はもう、これ以上望まないとか、
今のままで充分幸せだとか、そういうこととは違って、

誰かとともに生きていれば、
人の痛みを想ったり、胸を痛めたり、泪したり、
そんなことをしないで済むわけもないのかな。

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筍梅雨で憂鬱

たけのこづゆでゆううつ。
タコノコヅユデユウウツ。

ああ、やっぱり漢字の存在って、偉大。

なんとなく気分が滅入るのは、ホルモンだけのせいではない。
このところの雨の多さと部屋の寒さと暗さのせいだ。
昼間でも、暖房なしではやっていけない。
そして部屋は闇だ。
北向きの部屋は、どん底の闇。

月曜日の昼間はヨガに通うことにしたから、
私は今日も、新宿の都庁の近くで身体を動かしてきた。
ガラス越しに都庁舎が大きく見える。

だんだんお天気が回復してきて、部屋の中が光で溢れてくる。

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終わってから外へ出ると、
空が青いじゃないの。
久しぶりに空がこんなにも青い。

なんとなく、気持ちが和らいでくる。
やっぱり人間には、お陽様の光が必要なんだわ。

今の、この雨の多い時期を、
筍梅雨って呼ぶんだってね。

昔の人はほんとうに、
いろんな呼び名を考えたものだなあと思う。

私が帰宅して、またどん底の闇部屋に戻ると、
今日は体力測定だけで帰宅した息子が、微妙にドンヨリとしていた。

新学期が始まって、またなんやかや、不安と憂鬱と落胆で
彼の心は漬物石さ。

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回想法

回想法(reminiscence/life review)
とはアメリカの精神科医R.Butlerによって創始された心理療法である。
主に高齢者を対象とし、人生の歴史や思い出を、受容的共感的な態度で聞くことを
基本的姿勢とする。個人に対して1対1で行う個人回想法と
グループで行われるグループ回想法に分けることができる。
回想法は心理療法の一つとしての利用のみならず、
アクティビティ、世代間交流や地域活動として利用されることが多い。
<ウィキペディアより引用>


私は今、回想法を扱っているある団体の、通信講座を受講中だ。
課題のひとつとして、自分自身の回想録と、誰か周りの高齢者の回想録を
仕上げることになっている。

自分自身のものは、だいぶ前に仕上げたのだけれど、
どうしても母の回想録が、なかなか進まない。
私の中に、小さな抵抗があるからだということは、分っている。

母の今までの人生を振り返りながら、改めて、いろいろなことを想う。

人生の様々な場面について訊ねていると、
ほとんど憶えていない、あるいは特別な印象を持っていない場面と、
とても嬉しそうに長々と語られる場面との差が、あまりにも歴然としている。

質問にはない、そのときの母の気持ちを私は訊ねてみるのだが、
母はほとんど言葉が出てこない。
「忘れちゃったわ、そんな昔のこと」と言う。
例えば、家庭や学校で褒められたことはどんなことか訊くと、
「褒められたことなんて、ないわ」と頑なに言う。

それでも訊いていくうちに、小学校ではあらゆる場面で目立つ役に抜擢され、
常に脚光を浴びてきたことが改めて浮き彫りになる。
それでも、褒められたこととして、母の中には刻まれていない。
おそらく口下手だった両親から、そういった言葉をもらうことはなかったのだろう。

可愛くて利発で身体が大きくてハキハキしていた母は、先生のお気に入りだった。
決して自分からは名乗りをあげなかったというが、それでも母は
本当は目立つことが好きでたまらなかったのだと思う。

魚河岸でお手伝いをしていた束の間に見初められて、
3ヵ月後に夫となる男の一族から猛烈に口説き落とされたあたりのエピソードを、
延々と私は聞かされる。

人から美しいと評価された記憶は、今でも母を夢中にさせる。
それなのに、子供が生まれたときの自分の気持ちは、憶えていないという。
「そりゃ一人目は、初めてだったから、嬉しかったわよ」って。
ほとんど、それだけだ。

家庭生活で苦労したこと、夫婦で頑張ったこと、といった質問にも、
母は「べつに…」と首を傾げる。
何か引き出そうとして、いろいろと言い方を変えてみたり、
ちょっとしたエピソードを持ち出してみたりするけれど、
母の反応はない。
経済的に安定していたし、父は家計のいっさいを自分が管理していたから、
母はただ、受け身のまま、父に服従している生活だった。

ライフレビューインタビューは、この後、シビアな質問も増えてくる。
ひとりの人間として生と死をどう見つめ、
家族や知人に何を伝え、どんな言葉を遺したいのか、そういった質問が続く。
死生観や宗教観といった、観念的な問いかけもある。
私は自分の回想録を書くのに、ずいぶん泪を流してしまった。

これから、母がどう反応し、どう応えていくかが、
楽しみなような、気が滅入るような、そんな気持ちだ。

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矯正不可

娘は小さい頃から、感受性の異常に高い子供だった。
人と同じ物を見ても、同じことに遭遇しても、それを捉える感情の大きさに、
いろんなことを乱されてしまう子だったと思う。

それは今でもまったく同じで、特にホルモンの影響を受ける年頃になってから、
ますますそれは、厄介なものとなった。

欲求に素直なところと、衝動性と瞬発力と、動作の素早さは、
暮らしの中の様々な場面を混乱させることがある。

とにかく、家中を散らかす。
あらゆるものを散乱させる。
身につけていたアクセサリやピンやその他諸々が、
いたるところに置かれたり落ちたりしている。

開けたものは閉めない。
トイレの蓋とかケチャップの蓋とか箪笥の引き出しとか。
化粧水ボトルの蓋も、閉めがゆるい。
そして出したものはしまわない。

自室のブラインドは開けない。シャッターもほぼ締め切った状態だ。
今年に入って、自ら換気したことは一度もない。
やりたくないことはやらないからだ。

その晩使ったバスタオルを、何故か洗面所のボウルの中に入れる。
いくら「やめてよ」と言っても直らない。

「使い捨てコンタクトはもったいない!」と言い、
一ヶ月使い捨て用レンズを購入したものの、手入れが面倒で
放置してしまうため、翌朝つけられないことが続き、
数回しか使用しないまま、前回は駄目にしてしまった。

そして昨日「新学期だから!」と、新しく一ヶ月用のコンタクトをおろした。
しかし今日、昼頃にメールがあり、
「私の部屋の机の左に、コンタクトをそのまま置いてきちゃったから
ケースに保管しておいて」という内容のメールが届く。

私は出かけていたので、帰宅した時にはすでに、
半分に折れたままの一枚のレンズはひからびていた。
もう一枚はひょっとしたら蘇ったかもしれないけれど、かなり怪しい。

朝、装着していたけれど、前の晩の洗浄がいいかげんなので
ゴミがたくさん浮いていたようだ。いったん装着したものの、
違和感があってはずしたものと思われる。
しかしどうしてそのままにして家を出るんだよ?

彼女に、一日使い捨て以外のレンズのケアができるのだろうかと
心配していたが、案の定難しいようだ。

だけど全てがそんなふうにルーズなわけではなくて、
妙に細かい一面もある。
電気のスイッチをやたらマメに消す。蛇口の開け閉めには細かい。
手帳の管理は美しく完璧だ。
「あたしってやっぱりA型」などと言う。

美容師にはアバウトなことは許されないと思う。
出したものはきちんと、元あった場所に戻し、常に周りの物を、
一定の状態に美しさを保つ努力をしなければならない。
そんなことを言ってみると、
「仕事だったら、そんなことできるに決まってる」と、聞く耳も持たない。

たとえ私が何を言おうと、やりたくないことはやらないのだから、
娘を矯正しようとすることは不可能である。

さてこの娘。
どうなるかな。
今夜は今頃、ライブハウスでまた、
愛と青春の唄を泣き叫んでいるのだろう。
よく知らないけど…。

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謎の生物

息子だ。
いったい彼の生活はどうなっているんだ?
彼の身体の機能は?

6日の日曜日、息子は朝9時半ごろ起床。
朝食のサンドイッチをたらふく食べ、私は勉強会に参加のため、
11時40分に家を出る。その時は既に息子は再び眠りの中。
私が夕方帰宅すると、息子がニヤニヤしている。
「4時(16時)40分まで寝ちゃった」と言う。

そしてその晩は朝の4時まで眠れず、
入学式&始業式の7日、6時に起きて学校へ。
カラオケで遊んで帰宅。
「疲れたなあ~」を連発しているうち、18時ごろには寝てしまう。
夕飯時に声をかけても起きる気配もないので諦め、
私はひとりで夕飯を済ます。

そして私がまさに寝ようとしていた深夜1時半、
息子は元気に起き上がる。腹は減ってないというので、放っておいて寝た。
するとシリアルに牛乳をかけて食べている音がする。

今日、明日と、学校は休み。
朝私が8時に起きると、息子は「ずっと起きてたよ」と言う。
朝ごはんのトーストサンドを食べながら「ああ、旨い」と呟き、
部屋に籠もったと思ったら、寝ている。
本人いわく、「8時45分から」、13時半まで眠る。

それからシャワーを浴びて、天丼を食す。海老3本!
「天丼、旨いなあ」と呟く。

夕方「今、うっかり寝そうになったよ。さすがにマズイ」などと言っている。

なんだかもう、よくわからん。

学ランの金ボタンが、中学校の校章のボタンのままだ。
「買いなさいよ」とお金を渡したのに、「買わなかった」という。
「誰も買ってないよ」とまで言う。
高校生になったのに、中学校のボタンをつけたままかい?
入学式も保護者の参加はなしだから、
まったく高校生になったという実感すら、親にもない。

なにがなんだか、本当によくわからない。
不思議な生き物を一匹飼育しているような、そんな感じだ。

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肉体改造、なるか?

先月末、ヨガの一日体験を受けた。
その晩は下半身が特にどうしようもなくだるくって、
なかなか寝付くことすらできなかった。
初めて鍼治療をした日だとかオステオパシーの施術を受けた日だとかに
感じたのと、同じようなダルさだ。
こういった副反応は、身体に影響があった証拠のはず。

それでも体験時には乳癌検査の結果待ちだったこともあり、
気持ちがどうにも固まらなかった。
それに大勢で同じことをやるというのが、どうにも私は嫌いなのだ。
皆でダンス、とか。歌声合わせてコーラス、とか。
「結局私、今回もやらないんだろうな」と半ば自分に諦めていたのだが、
検査の結果を聞いた翌日、勢いでネットから
クラスへの参加を申し込んでしまった。

私は時々、理屈じゃなしに直観で動く。
だけどその直観は今までを振り返ってみると、だいたい良い方向へ
流れるきっかけをもたらすことが多いような気がするので、
自分のカンを信じてみようという気持ちもある。


今日は初日。
身体がカタイカタイ。
カタイというより痛みが強い。股関節も腰も、異常な緊張だ。
「絶対に無理をしちゃ駄目!」と何度も言われる。

仰向けになると、腰の裏側が湾曲して大きく隙間のできる私は、
それを持って生まれた体型だと勘違いしてきた。
だって母親もそんなふうで「私はデッチリ(出尻)。アンタもデッチリね」
と言われてきたからだ。

指導者に腰の湾曲のことを話すと、「私も昔はそうだった」とのこと。
でもきちんと呼吸をして身体を正しく動かしていけば
矯正されると言われる。腹式呼吸で息を吐き出した後は、確かに
腹部が床に接近することに気づく。
「このままだと、そのうち腰も肩も頭も痛くなる」って言われるけど、
先生、私もう充分痛いです。

頑張りすぎないようにしたつもりだったけど、
今日は首にすっごくきてしまった。首のコリ、なんてレベルじゃない。
頭痛がするし、肩が泣きたいくらいダルイ。
おまけになんだか尾骨も疼く。

だけどこういうのに負けちゃいけなんだと、つくづく思う。
母を見ていて痛切に感じる。
人間、動かなくちゃ駄目ね。

痛けりゃ鎮痛剤。
どうにもならなけりゃマッサージ。
そういう他力本願な気持ちが、人間を衰えさせるんだわ。
自分の力でどうにかしなくちゃと、心から、
気持ちを入れ替えた(つもりの)私だよ。

しかし、家でも毎日やらなくちゃ、何の意味もないんだよなぁ。
続くか?続くのか?

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お墓参りと哲学堂公園

やっと、コーチャンのお墓参りに行ってきた。

私の体調&気分&天気との兼ね合いで、なかなか行けずにいた。
今日は午後2時くらいから家を出て、約20分で到着した。

桜はもう、ずいぶんと散っていて、明らかに見ごろは過ぎている。
花びらの薄ピンクの絨毯を、
出がけに空気をパンパンに入れたタイヤで、ガシガシと踏んで走った。

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お線香を買って、それから
メモリーパネルの更新料を事務所で払った。
水とペットフードをお供え。

コーチャンの骨は、他の仲間と一緒に、
土に還った。
きづな塚と呼ばれる場所だ。

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帰り、哲学堂公園に
初めて寄ってみた。

酔っ払い客が少々。
皆、飲むと声がでかい。

ワケもわからず先へ進むと、
狸の石像に遭遇。

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【狸燈(りとう)】

人間の心情には狸に類するものがあり、
しかも時には光輝ある霊性を
発することもあるとして、
腹中に燈篭を仕込んである。


ですって…。
今ひとつ、意味がよく解らない。

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検診結果

先月の26日に、私ははじめて乳癌検診に行った。

胸を挟まれ、2方向からのマンモグラフィーと、超音波エコー診断。
実はそこでしこりが見つかった。
ひとつは嚢胞で、細胞診をした。細い針を突き刺した。
もうひとつは?で、癌の疑いアリで、針生検をした。
麻酔をして、太い針を突き刺し、ガッツンガッツンした。痛かった。

「癌の確率は?」と医師に訊くと、
「それはね、わからないんですよ」と、じっと目を見て話す。

この一週間、実はすごくソワソワしていた。
正直、半分覚悟もしていた。
母親が乳癌だったのに、
この歳まで検診を受けたことがないことを叱られたし。

入院している間の子供たちのこと。
入院している間に読む本のこと。
温存療法がいいのか?
あるいはバッサリと、抉ってしまったほうがいいのか?
早期発見でも死亡率は意外と高いこと。
ひょっとしてひょっとするだろうかとか。
ああ、私は40代で片乳を失ってしまうのかとか。
母にはいつ話すか。子供にはいつだ。
病院はどこがいい?とか。

まあ、誰でも考えるであろうそんなことが、
毎日頭の中をグルグルと巡っていた。


あ、もったいぶっちゃった。

今日、検査の結果を聞きに行った。
予想していたより、呼ばれる前はドキドキしたりもした。
医師はちらりと私を見る。駄目か!?と思った。

だけど、結果はとりあえず陰性だった。ヤレヤレ。
癌が疑われたしこりは、乳管腺腫というものだった。
これは「困ったことに、多発するんですよ」と医師は言う。
そして2割の確率で癌になるという。

だから「半年後にまた、検査に来てください」とのこと。

動物性脂肪がいちばんよろしくない。
乳製品もすべてやめてください。
健康食品もすべてやめましょう。

そんなふうに医師は言う。
正直に言いつけを守るとすると、私はこれから
美味しいパンもケーキも牛乳もヨーグルトもチーズも
み~んな食べられなくなるじゃない。
肉を食べるなというのも無理だ。

まあ、そこそこに、ということだ。
要するに、決して摂り過ぎない、
極力魚中心の和食にする、ってことだろう。

昔は低かった日本人女性の乳癌は、食の欧米化にともなって
急速に発症率が高まった。
もう、珍しくもなんともないんだよ。
「え~!? 何で今頃、顔にこんなに大きなニキビ~!?」
くらいの感覚でできるものだと考えたほうが良さそうだ。

「とりあえず今日は、安心してお帰りください!」
という、医師の明るい声を受けて、クリニックを出た。

だけどなんだか気持ちは複雑で、
正直にいえば、少し気が抜けてしまった。
気持ちのやり場が見つからないっていうか、
すぐには正しい位置に、気持ちを収めることができずにいた。

駅までの帰り道、小さな公園で見かけた動物たち。
カンガルーが、ガッツポーズをして見せた。

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銀行に行くのを忘れてはならない。
4月5月は子供の学費がごっそり引き落とされるんだから。

そう思って今日、銀行めぐりをした。
駅前のビルが立ち並ぶ道路は、風が強くて強くて、顔がとれそうだった。

強風に煽られて、桜の花びらがずいぶん舞い始めたけれど、
それでもこのところの寒さのおかげか、
思ったよりは長く持ちこたえてくれそうな気配だ。

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木瓜の花もそろそろ枯れる。
可愛い色だなと思う。

このところ、私は眠れない。
夜に呑んだジャスミン茶が渋すぎたせいかと思ったが、
それは気のせいかと思い直し、
昨晩また呑んでみた。
そうしたら、やっぱり寝付けなかった。

私がウトウトする頃に、娘が自室で携帯電話で
おしゃべりをしている声が、
なんとなく聞こえてくる。

この、なんとなく、ってやつが、おそらく曲者なのだ。
会話は全く聞き取れない。だけど
「うん」と相槌をうつ感じと、
「・・・・・?」といった、語尾が上がる感じとかが、ぼんやりとわかる。
彼とのおしゃべりは、夜中の1時とか2時とかだ。
ああ、若者には敵わない。

娘のはじけるような笑い声を聞くと、
ああ、幸せなんだなと嬉しくなる。とりあえず、良かったなと思う。
今度の恋は、長続きしますようにと思う。
だから咎める気にはならないのだけれど。
壁が薄いのかしら。


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さっき、姉からケーキを貰った。
「余ってるのよ、要らない?」というので、
もらっておいた。
超美味しくて、ぺろりとたいらげてしまった。
今日、カフェで売り出されていたものか、
何かのついでにつくって
余ってしまったものかは知らない。

でもなんだか、春の味がしたわ。

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