夢中です。自分のことに。
私じゃないわよ。母のこと。
母はこの頃、自分のことしか頭にない。
相手の都合だとか事情だとかを、だんだん理解しようとしなくなった。
理解できなくなってきた、のかもしれない。
要するに歳をとると、どんどん子供に戻っていくということなのだろう。
今日、薬もなくなったしお腹の具合がどうのこうのなので、
お気に入りのかかりつけ医院に行くことになった。
私は仕事があるので、ヘルパーさんに行ってもらうことにしていた。
もともと近所の医者まで車椅子で付き添いすることも、
訪問サービス内容のひとつに組み込まれていたことだ。
そこの医者はいつも空いているので、午後の診療開始時に行けば、
待つこともなく、1時間半の間に充分帰ってこられる。
夕方、ヘルパーさんが帰った後、母は軽く興奮して私の仕事場へ来る。
「ちょっと、話を聞いてくれる?」と言って、上がりこんでくる。
「今日Tさん(医者の名)に行ったらね」と母は夢中で話し出す。
何かと思ったら、要するにこうだ。
母の両足首に今、なぜか紫斑が出ている。
T医師に、ヒアルロン酸の注射を始めたことを報告すると、T医師は
「それならウチでもやっている」と答える。
そしてヒアルロン酸注射のあと、しばらく様子を見ていたか、とか
その紫斑は注射と関係あるかもしれない、心配だ、とか、
レントゲンを撮ったのに、写真を見せて説明しないのは変だ、とか
(写真を見せなかったという話は初めて聞いた)
その医師の医療行為を疑問視する言葉を並べたようだった。
とりあえず明日行く予定だったSクリニックの注射はやめておきなさい、
と言われ、よければ私が診ていきましょう、的な言葉をもらったようだ。
そんなことが母はよほど嬉しかったのか、なんだか夢中なのである。
まるで二人の王子が姫である自分を奪い合おうとしているみたいな?
「私、血管がみんな青いの。悪い病気なのかしら。恐くなっちゃったわ」
と言う。
え、血管って、誰でも青く見えるでしょ。
母は昔から強く押したりぶつけたりすると、すぐに青あざができやすい人だ。
「それ、マッサージのおじさんが足首ぐいぐい揉んだからじゃないの?」
と、私が訊く。
「あ、そういえば、足が浮腫んでるからって、ずいぶん強く揉んでたけど」
と言う。
それだよ、それ。
いつ、どこで、何を検査しても、ほとんどどこも悪くないんだから。
それでも病気かもしれないと思いたい母。
そして最近、上がりこむと、微妙になかなか帰ろうとしない母。
今日の食後も、私はやることが沢山あってソワソワしていたけど、
椅子に座ったまま、ホケーっとしている母。
「帰ってくれない?」とは言えず、せっせと後片付けなどをしてみる私。
一年後にはどんなことになっているのだろうと、溜息がもれる私。
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