« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

ハナノア

080229_215820

小林製薬って、宣伝がお上手。

最近CMでやっている、
「痛くない鼻うがい ハナノア」。

女性が鼻から入れたハナノア水を、
口から勢いよくペッと吐き出すやつ。
一瞬 「エッ!?」と思うのだけれど、
ギリギリの線でそれほど汚く見えないように
工夫されたCMだ。

このCMを見て息子が、「欲しいな」と言った。
私は自分の鼻が好調のため、
いつも買うのを忘れてしまうのだけれど、
今日買い物に出る際に息子が「鼻うがい買って来てよ」と
もう一度(これで3~4回目だ)お願いするので、今日は忘れずに買うことができた。

早速息子が試してみた。
箱の裏の「使用方法」を読むと、脅し文句がたくさんあって、なんだか怖い。
「洗浄液が気管支や肺に入るおそれがあるので、鼻から吸い込まず~~」とか
「上を向くと、洗浄液を口から出せず飲み込んだり、耳の内部に入ると
中耳炎になるおそれが~~」等、書いてある。

CMではいとも簡単に大量のハナノア水を吐き出していたけれど、
実際あんなふうにはならないということが分かった。
息子がやってみたら、汚いのなんのって…。
鼻水なんだか痰なんだか涎なんだかハナノアなんだか、
鼻や口からベロベロ垂れちゃって、とてもじゃないけど見ていられたもんじゃない。
やっている時の顔も、なんとも間抜けである。

「使用方法に関する注意」として、「洗浄液が鼻や口から流れ落ちるので、
ティッシュやハンカチで押さえて使う」ことを勧めているではないか。

私もさっき、試してみた。
だって自分がやらないことにはね。
結局、いまひとつ上手くいかなかった。息子よりははるかに美しく、
やりこなしたとは思う。だけど、思ったほど口から水を出せない。
「慣れが必要」だと、箱に朱書きしてあるとおりだ。

脇で見ていた息子が「見苦しいな」と私に言う。
ふん。あなたほどじゃないわよ。

確かに痛くはなくて、いくらかスッキリ、ミントの香り。
でも結局その後鼻をぶ~ぶ~かんだり口を拭いたりする。
注意書きには、「中耳炎になるから洗浄後鼻を強くかむな」とある。

CMとは違って、なにやら面倒な商品であった。

| | コメント (0)

ヒアルロン酸関節内注射で上機嫌

母から電話があって、私の午後の予定を訊く。
できることなら仕事場には、極力電話してこないでほしいのだけど。

整形外科に連れて行けという話だ。

先日母が言っていた「ヒアルロン酸注射」。
母の好きな、「新聞に出てたの」ってやつと
「お友達の誰それさんがやっているけど、すごくいいんだって」というパターンだ。

あそこの整形外科はイヤだとかあそこは駄目だとか、
勝手なことを言っていて、続いたためしがない。

一昨日ネットで調べてあげて、
「他にはココくらいしかないわよ、整形外科は」と、教えてあげた。
「エレベーターがあるから車椅子でも大丈夫なんだって」と言うと、
「そういえば美容院の先生もソコはいいって言ってた」などと、すぐにその気になる。

私は今、連絡待ちの仕事が一件あって予定が立たないことを告げると、
「今月は行かないわ」ときっぱり言うので、来月の初め頃に行こうと決めた。
それなのに今日、切羽詰まった声で「今日、行けない?」と言うので、
そんなに膝が痛むのかと、午後2時からの診察に向けて、時間をとった。
「だってKちゃんが『そんなに痛いなら私が行ってあげようか?』って言うんだもの。
娘が傍にいるのに、悪いじゃない?」と言う。

Kちゃんというのは北区に住んでいる母の妹である。
時々母の様子伺いに足を運んでくれる優しい人だ。
近所の医者へ行くくらいで、わざわざ遠くから妹を呼び寄せる馬鹿もいないよ。

1時40分に車椅子を出して、「そんなに痛いの?」と母に訊くと、
「今日は全然痛くないの」と言う。
「来月って約束したのに、どうして今日なのよ?」と訊くと、
「だってKちゃんが…」と答える。

待合室はリハビリ待機の人で溢れていて、
混んでると思ったけれど、診察にはすぐ呼ばれた。
母は「狭いから、一人で行くわ」と言って、私を待合室で待たせる。
母は他人に、自分の弱いところを見せたがらない。
診察室からは、妙に若々しい高く弾んだ母の声が聞こえる。
医師が男性だと特に、一人で診察室に入りたがるような気もする。
妙に弱々しいときとテンションの高いときの差が激しい。

レントゲンを撮った後、もう一度診察室に呼ばれた母に、医師は
「膝がずいぶん変形しちゃってるね。腰もずいぶん悪いね~」と、
なんだか田舎のおっさんみたいに気さくな声色で話している。
私は待合室で聞いてるだけだ。

医師は母に、ヒアルロン酸の注射を勧める。
母の胸が高鳴っているのが、見えなくても手に取るように解る。
しばらくして診察室から出てきた母は、すっかり上機嫌である。
「まさか今日、すぐにヒアルロン酸の注射をしてもらえるなんて、
思わなかったわ!」と興奮している。

別にイマドキ、たいした治療でもなくって、
どこでも普通にやるようなことらしいじゃないの。
それでも母は、とんでもなく高度な治療を受けることのできた
特別待遇者のような面持ちで、顔が輝いている。

解っているのよ。ここ数日間、ず~っとヒアルロン酸注射のことだけ考えて
日々を過ごしてきたのよね、きっと。
ヒアルロン酸注射さえすれば、快適な人生が待っているかのような、
そんな気がしていたんでしょう?

「一週間に1回でよろしいんですね?」と、母はしつこく念を押していた。
おい。毎週連れて行くのは誰だい?

「車椅子使ってることとか、言いそびれたわ」と母は言う。
はじめから、言いたくなかったくせに。

私が隣に越してこなければ、母がここまで弱ることはなかったと
今でははっきり断言できる。

ここ数日はヒアルロン酸関節内注射で、母は幸せに酔いしれるのだろう。
「気さくないい先生!顔は悪いけど。
顔が良かったら恥ずかしいもの。よかったわ!」

って、いったい何を想っているのやら…

| | コメント (0)

穏やかな一日

穏やかな時間を過ごした。

今日は前々から約束していた、人形作家のすずよさんとのデート。
吉祥寺で待ち合わせて、落ち着いたお店でランチして、
それから井の頭公園を少しブラブラした。

080227_130840

風が冷たかったけれど陽射しは暖かで、
歩いていると、お日様を背負った背中が温かかった。

梅が咲いていて、空は青くて、
池には鴨がいて、日向には猫が寝ていた。
やっぱり晴れた日に、
自然の中を歩くのっていいな。

通りをブラブラしながらいろんなお店を覗いた。
珈琲豆の美味しそうなお店で、
豆を挽いてもらって買った。

だいぶブラブラしてから、暗い喫茶店に入った。
カフェじゃなくて、喫茶店だよ。
入った時は何も見えないと感じたくらいの暗い店内だったけど、
いつのまにか「目が慣れたね」と笑いあった。

安くもない喫茶店に、若い人が一人で次々入ってくる。
みんな何かしらの意思をもって、贅沢をしているんだなと思う。

やっぱり吉祥寺はいいなあ。
私、子供達が巣立ったら、練馬を離れたい。
と、今日、強く想った。

| | コメント (0)

間抜けた行動

日常の中の、ほんのちょっとした馬鹿さかげん。

例えば今日、池袋のホームに着いた西武線の電車に「準急」の文字が
見えたから乗り込んで、「なんだか本がよく読めるなあ」などと
電車に揺られていたら、練馬を通り越して石神井公園に着いたりだとか。

つまりそれは急行で。
私が見たのは池袋行きの電車が準急だったってだけで。
折り返し運転なんだから、駅に到着した時にはすぐに
急行から準急の文字に変えておけよ、と思う。

石神井公園駅の階段を上って隣のホームに移る時、
反対方向に戻る電車は行ってしまい、
次の電車は急行で、ウッカリ乗ったらまた池袋へ戻っちゃうとこだった。
アブナイアブナイ。
急行を見送って、その次の準急まで待つ。
くっだらない時間のロスだ。

夕方5時半頃に、堪え難い空腹に襲われ、
ブルンネンのシナモンロールパンを食してしまう。これだから太る。

新しく彼ができると料理を覚えたがる娘は、
今日はハンバーグづくりを手伝う。今夜は珍しく家にいる。

ハンバーグを見て、どうも新鮮味がないと思ったら、
今日の昼、ハンバーガーを食べたことを思い出してゲッソリする。
それでも炊き込みご飯にしたので、いつもよりもほんの少し元気に
ご飯を盛りつけてみたら、なんだか途中でお腹がいっぱいになる。
ハンバーグもご飯も他のおかずも、もう入らない。
今夜はどうしてこんなに食欲がないんだろうと思う。

そして1時間半前に、モッチリとしたシナモンロールを
まるまる一個食べたことを思い出す。恥ずかしくなる。

こういったことを、老化と呼ぶのかどうか、私にはわからない。

| | コメント (0)

崎陽軒のシウマイ

080224_181510

崎陽軒のシウマイには、
ちょっと哀しい想い出があって。

私が中2の時のこと。
父が入院してて、もうすぐ死んじゃう頃のこと。

ずっと病院につきっきりだった母が、
用事があったんだかなんだか
記憶にないが、その日は私が
父の見舞いに行くことになった。

父が食べたがっているという崎陽軒のシウマイを
池袋のデパートで買ってから、
飯田橋の病院まで行くということになり、
私はすごく緊張した。

なんとかシウマイを買って、どうにか病室に着いた。
父と二人だなんてシチュエーション自体、私にはすごいストレスで、
すごく気詰まりだった。

父はシウマイを喜んで、フライパンに少しの水を入れて蓋をして、
シウマイを蒸し煮した。私は何にもできなかったので、
ただ黙って父のすることを見ていた。
私は父といることに慣れていなかったし、父もやっぱり
私といることに慣れていなくて、わざとらしいくらい明るく振舞って、
シウマイを温めて喜んで食べたように記憶している。

翌日母が、
「やっぱりアンタが行くと駄目ね。お父さん無理して疲れちゃって」
とかそんなようなことを言った。

そんなこと言われてどう感じたのか、その時の気持ちをはっきりとは憶えていない。
でもなんだか自分が、すごく悪いことをしたような気持ちになったことは
間違いないと思う。

だけど私はその時、もうすぐ父が死んじゃうことなんて
知らされていなかったんだよ。

崎陽軒のシウマイを見ると、いつもその日のことを想い出す。

今日、何年ぶりかに食べたけど、15個入り550円の価値はないと正直思った。
お醤油の容器が、昔と同じへんてこりんな奴だったことだけが嬉しかった。
容器の栓が、コルクからゴム製?に変わっていたけれど。

へんてこりんの奴は、シウマイのシュウちゃん、っていう名前だったっけ?
ちがったかな。 てきと~。

| | コメント (0)

日曜日

日曜日はだいたい朝9時頃に起きて、
ひとりで朝食をとり、洗濯機をまわし、
10時前から「サンデー・ジャポン」をザラッと見つつ、
もう一度洗濯機をまわして、洗濯物を干す。

今月に入ったくらいからもう、洗濯物は外に干さない。
花粉が吸着するのかなとか、洗濯物についた花粉を部屋にも
持ち込んじゃうんだなとか考えると、面倒くさくなるから。
親は平気でも、子供ふたりのアレルギーが強いと厄介である。

お悩み回答の原稿を書いてから、
化粧をして着替えて、仕事部屋に移って、
メールの処理をしたり、原稿を添付して送ったり、する。

午後2時になって息子が起きてきて(この頃日曜の起床は午後2時前後)
腹が減ったという。
こんなに遅く起きて来る人間に食べさせる飯はないと
中村屋の肉まんとあんまんをふかして与える。
実は自分が食べたかったから。
ペロッとたいらげた息子は「腹が減ったな」と呟く。

仕方なく、冷蔵庫にストックしてあった坦々麺・肉みそ付きをつくってやる。
「旨いよ」と言いながら息子はズルズルと食べる。
朝からくだらないものしか食べてないのに、
洗い物ばかりが山のようになっている。いちばん嫌いなパターンだわ。

今日もとんでもなく風が強い。
だけど仕事用に欲しい資料があったので、
3時前にジュンク堂書店目指して家を出る。

東口からわざわざ西口へ回って、みはしであんみつを食べようと企む。
だけど地下道を歩いているとなんだか息苦しくて、
マフラーを取ってコートのボタンをはずす。
みはしの前を通っても、なんだか胸が詰まった感じがして、
どうしてもあんみつを食べようという気にならない。残念。

同じフロアの近くにある、崎陽軒のしゅうまいを買って帰る。

夕飯は豆乳ごま鍋。それにしゅうまいという超手抜き。
豆乳鍋。息子に不評。
しゅうまい、たいして美味しくもないわね。
私がつくったしゅうまいのほうが、たぶん、おいしいわね。

食後に母がソファに腰掛け、「整形外科に行こうと思うの」と言う。
新聞の切り抜きを「読んでみて」と渡し、膝にヒアルロン酸を注射するといい
という話を力説する。
「眼科にも行かなくちゃ」「美容院にも行きたい」などと、アレコレ言う。

私はここしばらくやることが色々あるので、積極的な返事をしないでおく。
すると母はダラダラと居座って、暗い顔をしている。
「自分で歩ければ、どこへでも行けるのに…」とぼやく。

ああ、重い。

| | コメント (0)

ひょぇ~

080223_172006

春一番だったんですって?
あの馬鹿みたいな強風。

マンションの自転車置き場の自転車は
2台除いてぜ~んぶ倒れていたし、
下敷きになった自分の自転車を
どうにか立て直した瞬間、
ぶっ倒れそうなほどの強風が吹いて、
まったくどうしたらいいかわからなかった。

晴れて曇ってまた晴れて。

夕方にはまた、きれいな空と雲。そして夕焼け。

昼間は暖かかったらしいけど、
室内で仕事をしていると、案外わからない。

私の両足の裏には「貼るカイロ・ぬくりんこミニ」が
今日もべったりと。

| | コメント (0)

ラッセルホブス カフェケトル

080221_141216

ティファールの電気ケトルにしなくて良かった。

先日楽天でお安く購入した
このラッセルホブスのカフェケトルを、
私はえらく気に入っている。

ティファールの電気ケトルを買おうかと
さんざん迷っていたのだが、
ネットで調べてみると、中が洗えないとある。
おまけに若干独特のニオイがあるとも書かれてある。
実物を何度も手にとって見たが、
どうも今ひとつぐっとこなかった。

その点、このカフェケトルはシックでシンプル。
この注ぎ口はまさに、コーヒーをドリップするための形。
1杯分なら、あっという間に沸き上がる。
中も洗える。

私の仕事場は今、ガスの契約をしていないので、
お湯は電気で沸かすしかない。

このケトルでコーヒーを淹れるのは楽しくて、
今日も「これ以上飲みたくない」と思いつつ、また飲んでしまった。
内臓が珈琲色に色素沈着してます、なんてこと、
ないだろうな。

| | コメント (0)

さらに他人の靴を履く男

他人の靴を履く男は、
結局2月現在も、そのまま他人の靴を履き続けているのであった。
BRAVASというブランドの靴だ。

靴の踵に穴などが2つ開いているのに気づき、
先日HARUTAのごくポピュラーな、25.5センチの靴を買った。

一昨日は新しい靴を履いて学校へ行ったが、
今朝は玄関先で「今日は古いほうの靴、履いていこっと」と
呟く息子の声を聞いた。

そしてさっき、玄関に散らばる靴を揃えなおしたり片付けたりしながら
ふと息子の通学靴を見ると、古い靴の一組の片方がいつのまにか、
HARUTAの26センチに変身しているではないか。

080219_184429
26センチのEEEというサイズは、
左足のBRAVASと同じだから、
本人は違和感もなく履いて帰ってきたらしい。

息子に問いただすと、
もちろん気づいてなんかいない。

「ああ、じゃあいいよ。
明日から新しい靴履いていくから」
という応えだ。
そういうことじゃないだろうと思うのだが。

痛み具合も同じ程度で、
間違った、あるいは間違われた相手も、
もしかしたら気づいていないかもしれない。

それにしても男子中学生っていうのは、本当にそんなもんなのだろうか。
だいたいはじめ25センチだった靴が26センチにすり替わった時点で
気づかないということ自体信じられないのだが。

今回新しい靴は、間をとって25.5センチにしてみたが、
それさえも本人は「別にいいんじゃない?」としか言わない。

そんなにフレキシブルな足なのかっ?
便利だなあと感心する。

| | コメント (0)

「お母さんはひとり?」

娘はライブをすることに疲れているらしい。

昨日はある有名なライブハウスでオーディションライブというのをやって、
駄目だと思ったら合格してしまったとのこと。

「へぇ、スゴイじゃない」と私は言うが、
娘には娘の事情があるらしく、素直に喜べていない。
なんやかんや、葛藤の渦の中にいるようだ。
かさむ出費と体力の消費と、そのために犠牲にしてしまっている、
数々のことへの焦りもあるようだし。

今日の夕方、娘は珍しく早く帰宅して、
珍しく部屋に籠もらずソファに腰掛けてダラダラし、私とおしゃべりをした。

「お母さんにも彼氏ができたら楽しいだろうにね」と娘は言う。
「そりゃそうだろうね。でもできないよ。出会いがないもの」と返すと、
「そりゃそうだろうね。私だったらすぐに見つけるけどな」と娘が言う。
「…って、離婚する気でいるし」と自分で付け加える。

娘の人生脚本には、早くも自分自身の離婚が描かれている。
でも、いかにも有り得そうだから怖い。

「私達が家を出て行ったら、お母さん一人?」と訊く。
娘は、自分が家を出て行くことをイメージすることは多いけれど、
母親が一人になることをイメージしたことはなかったという。
「今、初めて想像してみた」と話す。

「あら、私はいつもマンションの見取り図を見て想像してるわよ。
私一人ならこれくらいの広さでいいわ、とか、
でも孫が来たら、やっぱり畳の部屋があったほうがいいかしら、とか」と、
私は話す。だって、本当だもの。

たとえば十年先、私が57歳で(ゲーッ…)、娘が29歳で(アッラー)、
息子が25歳で(まだ若いな)、母が呆けながらも身体は元気だったりして、
いったい私はどこでどうしているんだろうとか。

十年先も、まだ息子のご飯の支度とか洗濯とかしてるのは厭だ。
今の仕事は続けられているのか。
それより何より、私は生きているのか。

「今お母さんが死んだら、ボク、どうなるんだろ?」と、
この間息子が呟いた。
そうね。どうなるんだろうね。
でも、きっとどうにかなるだろう。

淋しいけれどそういうことを、子供の頃から考えておくことは
決して悪いことではないと、私は思ってる。

| | コメント (0)

今日も寒いです

Dvc00054_2

なんか…、寒かったなぁ、今日も。

そして空が青いんだよなぁ。

日曜日のルーティンワークを終えて、
夕方買い物に出ると、
いつのまにかすっかり日がのびていて、
空はまだまだ明るい。
昨日も今日も、空は青い。

夕暮れ時の雲の様があまりに美しいので、
このあいだ母の部屋に駆け込んで、
マンション屋上の鍵を借りた。

「屋上で何をするのよ?」と、母は訝しがる。
「大丈夫よ。飛び降りたりなんかしないから」

そう言って4階まで駆け上がり、屋上へ続く扉の鍵を開けた。
夕焼けが見渡せると思ったからだ。
誰もいない屋上で、広い空を仰げると信じたからだ。

だけどそれは遥か昔の記憶の中のイメージに過ぎなかった。
今はもう、隣に建った大きな社宅が視界を遮っていて、
夕焼けに染まる雲も夕陽も、何も見えなかった。
視界に広がる景色のあまりのつまらなさにガックリして、
そう、実は心底ガックリして、
扉を施錠して母の部屋へ鍵を戻しに行った。
声をかけるのも面倒だったので、玄関の下駄箱の上のスペースに
鍵を黙って置いておいた。

しばらくすると母がチャイムを鳴らす。
「ああ、いたの?屋上から戻ってこないから、心配になっちゃって…」

だから何度も言うけど、私は屋上から飛び降りたいなんて、
一度も思ったことありませんから…。

| | コメント (0)

「生と死と家族」

日本家族カウンセリング協会の特別企画講演
「生と死と家族」に参加してきた。

永田勝太郎氏とカール・ベッカー氏、それぞれの講演と、対談、質疑応答。
どちらもとても高名な方で、たくさんの素晴らしい業績を残されていらっしゃる。
私は今日、久々に深い感動を味わった。

話が上手いというのももちろんある。声がいいとか、人を惹きつけるテクニックを
持っているとか、そういった要素も当然あるのだけれど、
そういう上っ面のことではなくて本当に、
人間の生と死について、とことん向き合ってきた人間しか持ち得ない、
オーラっていうのかなあ、ものすごく大きくて深い力を感じた。

久しぶりに本物を見ちゃったって気がした。

お馬鹿な私は、語りつくせる術を持たない。
私の頭が超良かったら、京都大学へ行って、ベッカー先生のもとで学びたいよ。

| | コメント (0)

母、喋る喋るの巻き

昨日の午後、介護事業所の所長さんが、母の担当となるヘルパーさんと
一緒に見えた。「代理人」となっている私も同席し、挨拶する。

母はとにかく座って話がしたくてたまらない。
「早速お風呂掃除、しましょうか?」なんて相手方が言っても、
母はとにかくとりあえず、座って話をしたいのだ。
私が強引に着席してもらう。
「では、ご紹介を兼ねて…」と着席。

老人相手に慣れていらっしゃるから、所長さん(女性)は話がお上手だ。
母は嬉しくなって、自分のことをどんどん話す。
血圧のこと、数年前に駅のエスカレーターで気を失ったこと、
自動改札を通った瞬間に意識を失って倒れたこと、
そのときの駅員さんとの会話、等々。とまらないとまらない。

「このまま最後まで話すつもり?」と時々私が釘を刺すけれど、
母は絶好調だ。
「江戸っ子ですから」なんて言って、例のごとく
『明るくて気さくな私』を演出し、笑いをとっている。
人が自分の話で笑い、おだてられたりヨイショされたりしているのが
母は一番好きなのだ。

あまり自分のことばかり話しているので、
とりあえず担当者の方の自己紹介でもしてもらったらと、話をふった。
一通りの話が済んで、所長さんは帰られ、私も席をはずした。

夕飯の時も、母は元気だ。
いつもよりも明らかに口調が滑らかである。
担当ヘルパーさんから聞き出した情報を、嬉しそうに私に話す。

明日は介護保険の更新申請のために調査の人が役所から見える。
そして午後はマッサージだ。
このところ、母は適度に予定が入っていて、いい感じ。

やはり大切なのは刺激だわ。
人間との接触。話すこと。これに尽きる。

| | コメント (0)

「月の沙漠」

小茂根に住んでいたときの、灯油の販売カーが流す曲が何だったのか、
どうしても想い出すことができない。たかが一昨年のことなんだけど。
別にそれは心理的な意味があるわけじゃなくて単純に、
私の老化しつつある脳細胞のせいだと思っている。

練馬のウチの近所を廻っている灯油カーは、
「月の沙漠」のメロディを流しながら灯油を売っている。

「月の沙漠」は私が子供の頃に、とにかく大好きな曲だった。
手のかからないいい子だった私は、親の手を煩わせることなく、
就寝時刻になると自分で2階の寝室にトコトコと上がっていって、
枕元に置かれた電気スタンドについている小物入れの蓋をそっと開けた。
蓋を開けると「月の沙漠」のオルゴールが鳴った。
電気は冷たい色をした蛍光灯で、スタンド本体は
海老茶色のフレームのついた、縦長四角の形をしていた。
私が北区に住んでいた頃だったので、6歳未満だろうと思う。

私はそのオルゴールが大好きで、いつも一人で布団に入ってから、
オルゴールを聴いていたように思う。
そのメロディは幼心にしみじみと切なくて、物哀しくて、
泣くほどではないけれど、妙にしっぽりとした気持ちになった。

アラビアの砂漠では、「月の沙漠」で唄われている歌詞のシチュエーションは
有り得ない話だという。
これは、作詞家加藤まさをのファンタジーの世界らしい。
王子様とお姫様が駱駝に金と銀の甕を載せて夜の沙漠を行くって、
本当にどういうシチュエーションか不明だけれど、
そのよくわからない不安定な感じにそそられるのかもしれない。

この歌の歌詞は、1番の出だしが秀逸で、あとはどうってことない
説明的な内容が続くだけだ。4番は締めって感じでまたいいけれど。
とにかく、「月の沙漠を はるばると~~」がいいのだ。
もっと限定していっちゃえば、「月の沙漠」っていうタイトルがいいのだろう。

これがもし「旅の駱駝」なんていう題名だったら、
こんなにロマンティックに心に残らないのかもしれないぞ。


…なあんていうのは、今日の夕方たまたま初めて、
月の沙漠カーに近所で出くわしたから。
タンクローリーは貧弱で、なんだか急に現実に引き戻されてしまった。

灯油は高くなっちゃったのよね。今は使ってないけど。


| | コメント (0)

「乳と卵」を読んだ

文藝春秋を買った。
芥川賞を受賞した「乳と卵」を読みたかったので。

作品を読むのもいいが、選考委員である作家達の
芥川選評を読むのが私は結構好きである。

石原慎太郎は相変わらず、いくつもの作品にも文句を書いている。
だいたい毎年そんな感じだ。

今回は特に酷い。受賞作に対して、
「一人勝手な調子に乗ってのお喋りは私には不快でただ聞き苦しい」
とか「私はまったく認めなかった」とか書いている。

自分の価値観とは相容れぬもの、
自分の感性とは合わないものはすべて悪と切り捨てる。
まったくスゴイよなと思う。

最近、川上未映子のブログの過去の文章をちょこちょこ読んでいるので、
その文体に違和感をさほど覚えずに読むことができた。

独特の文体が、単に「一人勝手な調子に乗ってのお喋り」だけかどうかは
解るはずだと思うけれど、解らない人には解らないのかもしれない。
当然好き嫌いはあるだろうけれども。

自分の解らないものは切り捨てるという感性は、恐ろしい。

| | コメント (1)

カゴの中身

結局ゆうべは遅くから、雪が雨に変わった。
朝起きたときにはすっかり空は晴れていて、
雪は驚くほどのスピードで消えかかっていた。

今日の私は喉下から胃にかけてが重苦しく、詰まったような感じがして
結局一日スッキリしない日だった。
首と肩と背中がどうにもならないくらい凝っていて、
そんな時は胃の調子が悪いことも多い。

「どうしてご飯食べないの?」と夕飯時に母が訊くので
「今日は胃の調子が悪いから食欲なくて」と言うと、
私の顔をじーっと凝視し、「胃がん…?」と言う。
母にかかると、ちょっとしたことでもすぐ癌にされてしまう。

「そういわれれば、昨日から一日で急に痩せたわよ、アンタ。
顔がちっちゃくなっちゃって」
などと、思い込みもいいところである。
体重は変わっていないよ。だって食べてますから、普通に。

だけど私だって、ちょっと胃の調子が悪ければやっぱり
『胃がん?』とか思ってしまったりするし、下腹部に違和感があれば
『子宮がん?』などと一瞬不安になったりもする。
家系的に私は間違いなく癌になるだろうと思っている。
思っているだけで何の検診も受けてないのだから、
私のようなのを馬鹿者と呼ぶんだろう。


夕方西友の混んだレジに並んでいると、私の前に並んでいた、
40代くらいの男性のカゴに目が留まった。
とても質素で真面目そうな人だ。

ちぎったレタスと千切り大根が袋詰めされたヤツと、
マカロニサラダとポテトサラダがセットになってるヤツ、それから、
ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼう、かぼちゃの煮物の3点。
家庭の定番副菜勢ぞろいといったところだ。

彼は独身なのか?家庭の味に飢えているのか?
年老いて一人暮らしの母の好きなものを買って実家を訪れるのか、
あるいは妻が家を飛び出したきり戻らないので、
子供達のためにおかずを買ったのか?いや、子供向けではなさそうだ。

いろんなおかずが売っているなかで、わざわざあえて、
あまりにもポピュラーなお惣菜。
悪いけど、そういうのって、食べられないほどではなくても
たいして美味しくもないのよ。
お金くれたら私がもっと美味しいの、つくってあげるわよ。

酒のつまみとも思えない。そうか彼は下戸なんだな。
一人の食卓でテレビを見ながら淋しく食べるのか?
あるいは年老いた母とふたり、
「これ旨いよ、母さん」なんて言いながら、かぼちゃをつまむのか?

彼の手元を見ると、東武デパートの袋が見える。食品売り場のレジ袋だ。
そうか。メインディシュはデパ地下で仕入れたのか。
だけどサラダやちょっとした副菜は高いから、地元の西友で。
やるな、男。なかなか芸が細かい。

などと。
いつものようにくだらない妄想にふけってしまい、
意味もなく物哀しい気分になったり、した。
ほんのちょっとだけね。

胃部不快感はまだ続く。
胃薬は効かなかったな。

| | コメント (0)

積もってる…

夕飯後に、窓の外からびちゃびちゃいう音が聞こえてきていた。

雨がひどくなってきたんだな、と思っていたら。

さっき出窓のブラインドを開けて外を見たら、びっくり。
すでに4~5センチは積もっている。

前と同じでやっぱり水っぽい雪だけれど、
見上げた空は白くもったりと、重く垂れ下がっている。

こ、こりゃ、一晩中降るわ。

゜*。(*´Д`)。*°

明日の買い物、今日まとめてしておくんだったな、とか
つい現実的なことも考えてしまうけれど。

子供たちに「雪が積もってるんだよ!」と知らせても
「えっ、ほんと…」と、どうでもいいような返事だ。

どうのこうのいって、私がいちばん心を動かされている。
わざわざ部屋から出て、外の景色を観にいってしまった。

雪景色には未だに、心がときめいてしまう。

| | コメント (0)

トランシーノってヤツ

昨年、某悪徳皮膚科クリニックでおばかな治療を受け、
でも大事に至るようなことではなく、
閉院に際して契約違反とクレームをつけ、
75%ほどの返金をしてもらえたラッキーな私だが、
やはり相変わらずシミは、私を悩ませ続けているのである。

サラリと薄化粧で済ませたいのに、
隠そうと思えば自然とファンデも厚くなるというものだ。

昨年下の姉が私に、「トランシーノを飲んだら、シミが薄くなったわ!」
と自慢していた。もともとたいしたシミではない。
50歳と思えぬほど綺麗な肌をしている姉だ。
「それなら皮膚科行って、トランサミンを処方してもらったほうが
ずっと安いわよ」などと姉に話したが、
実際なかなか皮膚科へ行くのも面倒なので、実は昨年の晩秋に、
こっそりと一度だけトランシーノを購入してみた。
「肝斑に効くただひとつの薬」というキャッチだ。

やはり身内の「効いたわ」の声は心強いものがある。
だけどなんていったって、5880円よ!
どこのドラッグストアでも、この商品だけはまだ、
1円とて値崩れしていない。していないというより、
メーカー側から厳重にストップがかかっているんだろう。

薬剤師いわく、1ヶ月服用して効果がなかったら肝斑ではない。
2ヶ月服用が限度で、それ以上は服用しないこと。
しばらく休んで再開すること。
そして肝斑であれば、2ヶ月の服用でかなりの効果が期待できるというもの。
私の場合、1ヶ月飲んで、「何よ、効かないじゃない」と思い、
1ヶ月で止めたら、その後急激に悪化してしまった。
だからもしかしたら効いていたのかもしれない。

だけどやっぱりそんなに高いモン、もう一度買おうって気にはならない。
私は今日の午前、決意して練馬の皮膚科へ行った。
前回行っていたのは3~4年前。やはりここで私は、
肝斑治療のために薬をしばらく処方されていた。

医師にトランシーノの話をすると、通常皮膚科で処方する
トランサミン(トラネキサム酸)は、トランシーノの倍の容量。
ビタミンCも倍。もちろんこの量は決まってはいなくて、
その人に合わせて容量を決めるのだけれど。

080208_212459

一か月分薬をいただいて、
初診料1020円、薬代1480円。
あわせて2500円。
翌月はもっと安くなる。
トランシーノとの歴然たる差。

細かくいえばトランシーノには、
L-システインが含まれてはいる。
だけど肝斑に有効なのはトラネキサム酸。
そしてそのことが初めて証明されたようなことを言っているけれど、
それこそもう何年も前からトランサミンは、肝斑治療に、
皮膚科で処方され続けている。

そして医師いわく、トランサミンはほとんど全くといっていいほど
副作用のない薬。ずっと続けていても構わないという。
「何故2ヶ月といっているのか、不明ですね」と話す。
自分で調べてみても、やはり安全な薬と証明されていることが分かる。

「高いけど、とりあえず2ヶ月だけなら買ってみよう」という、
せつなくシビアな女心を読んでいるとしか思えない。

知らない人は損をする。
皮膚科へ行こう。

| | コメント (0)

訪問介護予防サービス

ケアマネさんから紹介された事業所の、
所長さんとマネージャーさんが見えた。

14時に、母の部屋で。
いつものケアマネさんと事業所の方2名と、母と私で打ち合わせ&契約。

母の頭には、アデランスシフォレがのっている。
だけどやっぱり自毛との馴染ませ方が下手くそだと思う。
隣で見ていて、ちょっとイライラする。
はじめは硬い表情をしていた母だが、そのうちリラックスしてきて、
ケアマネさんが帰られて事業所の方2人と話をする頃には、
母の口から冗談なども飛び出した。

早速来週から来ていただく予定のヘルパーさんは、
50代の気さくな女性だという。
「私は江戸っ子だから、チャキチャキした方のほうが…」と母は笑う。
「ちょうどぴったりの者がおります」

そりゃあよかった。

「サッパリしていて明るくて気さくな私」というのは、
母が捉えている、あるいはそうありたいという自己像である。
勘違いしている自己イメージでもある。
まあ、嘘とは言い切れない一面も確かにあるのだけれど。

散歩がてらお買い物と、お風呂場のお掃除等の家事を一緒に行う。
介護予防のために生活を活性化することが目的。

寒さのせいもあって、母はこの頃血圧が上がっている。
先週近所のかかりつけのクリニックでやった血液検査
(実はやる必要などないのだが、自分は腎臓が悪いと思い込み、
同じような検査を何度もしている)の結果が出たとのこと。

「マッサージのおかげかしら。
前よりも数値がずっと良くなってるって!」
と、母は私の家の玄関に立ち止まって話す。軽く興奮ぎみだ。
別に前から少しも悪いところなどないのだが、
数値が正常値により近くなったということだろう。

マッサージも確かにいいだろう。
そして前よりも食欲が出ているので、そのせいもあるだろう。
睡眠薬の上手な飲み方を会得して眠りの質が高まったし、
便通の薬の配合もちょうどいいのが見つかったし、
やれやれ、良かったね。

それにしても歳をとると、自分の身体のことだけで頭がいっぱいに
なってしまうのは何故だ?
私もそうなるのかな。そうなりそうだな。

そして自分を中心にしか、周りが見えなくなってくるのも困る。
例えば以前だったら、ちょっと私が顔を見せないと
「あら、具合でも悪いんじゃないかしら?」と心配してくれたものだが、
最近では「私のこと恨んでるのね」という発想になる。
被害妄想である。

少しでも外の人間と触れ合う時間が増えることで、
気持ちが健全になっていくことを期待している。

| | コメント (0)

アデランス→三越

今日は親孝行をしてしまった。

今日は池袋のアデランスへ行く日。
「道が凍結して渋滞してるらしいから、12時15分には出られるようにしていて」
と、12時前に母から電話がかかってくる。

母は事前に、12時20分にタクシーお迎えの予約を入れている。
12時10分に私が部屋のドアを開けると、母も自分の部屋から出てくる。
そしてサッサと外へ出る。
「まだタクシー来てないわ」

「20分の予約なんだから、どうして10分も外で待たなくちゃいけないのよ」と
私は納得がいかない。それでも母は聞こえないフリなんだか
本当に聞こえないんだか、黙ってマンションの入り口に立っている。
立ってると血圧が下がるから「しゃがんでなさいよ」と私は言う。

15分にタクシーが着いて、結局池袋へ到着したのは12時42分。
予約は13時ですから。いつもこうなのだ。
都心の大きな通りが昼間も凍結で渋滞なんて、あるわけもない。

「あんまり早く着くのは失礼なのよ。相手の時間を奪ってることになるのよ」
なんて言ってみるが、母には聞こえない。
最近都合の悪いことは聞こえないらしい。


アデランスの担当の女性は本当にいい人で、
本当に信じられないほど良くしてくれて、私も母も喜んでいる。
今日はスペアのシフォレの前髪に白髪を増毛したものが出来上がる日。
毛量が増えたことと白髪が増えたことで、
自毛との境目がずいぶん目立たなくなった。これなら大丈夫。

アデランスへ行くたび、カット、シャンプー、ブローをして、
綺麗になった頭にカツラをつけて、本当に来たときとは別人のように
生き生きと見える。髪ってやっぱり大事だわ。

母は久しぶりに元気になって、「服でも買いに行きたいなあ」と言う。
三越が近いので、そこまで頑張って歩ければ、
あとは車椅子を借りて、エレベーターで移動すればいいと提案。
「誰かに会うかもしれない」「○○さんがよく三越に行ってるから」
などと、つまらないことを言う。

それでもなんとかその気になって、綺麗な頭で母は三越に行った。
本当に何年ぶりかのデパート。
車椅子を借りる時も「ちょっと足を痛めたもので」と、
ワケのわからない見栄を張る。

それでも洋服売り場へ行くと、車椅子から降りてセーターやジャケットを
手に取る。腰も膝も曲がっていて、客観的に見たら
やはりちょっと普通ではない。
それでも母の眼はいつになくギラギラしている。

結局セーター2枚とジャケット1着と部屋着風パジャマを買って、
あんみつを食べてから、タクシーに乗って帰った。
母と外で物を食べるのは久しぶりだ。
母は途中で何度も店員に「ちょっと足を痛めているもので…」と
言い訳をする。だけどそのへっぴり腰を見たら、
足をたまたま痛めてるってことじゃないくらい、誰でも判る。

それでも本人は、たまたま車椅子に乗らせてもらっているだけで、
私はそんなに老人ではない、と主張したいのだろう。
カツラをつけて車椅子に乗っている母はなんだか大きい。
私が押しているから余計にでかく見える。

帰りのタクシーの中でも、母の顔は生き生きとしている。
ここにいる、という感じがする。
「久しぶりに買い物して、スッキリしちゃった」と言う。

本当にどこよりも、誰よりも、デパートが好きな人なのだ。

家に着いた時にはすっかり日が傾いていて、
予定が狂ったなと思いつつも、たまには仕方ないかと感じた一日だった。

| | コメント (0)

雪ふりの休日

休日とかいっても、私は日曜には必ず仕事をしている。

娘は昨日から、息子は1日から、6日まで学校は休みだ。
今は都内私立中学のまさに受験の真っ最中。
娘のところも、2年生の国家試験が始まるからだ。

080203_115139_2

朝起きたらすでに、雪はかなり積もっていて、
だけど水分の多いべちゃべちゃ雪なので、
車道に積もることはなく、
夕方まで降り続いたわりには
たいした積雪にならなかった。

木々の上に積もった重たい雪は、
ドサリドサリと音をたてて落ちていく。

小さな少年達が、雪の中で
大はしゃぎしている姿が可愛かった。

| | コメント (0)

瀕死のねんね

080202_093332

これは、娘の「ねんね」。
16年ほど使い込んでいる、
彼女の大切なタオルケット。

寝る時は今でもこのねんねを
身体に巻きつけるようにして
抱いて眠る。

でも、なくても大丈夫だ。
だけど、やっぱりあったほうがいい。

一昨日だったかねんねを洗濯して
乾燥機に入れたままにしておいたら、
私が眠った深夜に、
「ねんねがない」と家中を探し回ったという。

毎朝起きて来る時にわざわざ汚いねんねを連れてくるので、
「部屋に置いてきてくれない?」と娘に言うと、
「何言ってるの!? 朝ごはんはねんねと一緒って決まってるのよ」
と威張られてしまった。

そういえば毎朝、朝食時の娘の膝の上には、
ちゃっかりとボロボロのねんねが横たわっている。

生地は薄くなり、向こう側が見えるほどにスケスケ状態だ。
今にも息絶えそうなお婆さんだから、
洗濯するたびなんだか胸が痛む(限界までしないけれど)。

乾燥機から出して娘に手渡すと、
「ああ、こんなに小さくなっちゃって…」と、
愛しそうにねんねを抱きしめる。

| | コメント (0)

「麦の穂をゆらす風」

Muginoho_2

泣いた…。

どうして人間ってこんなに、
愚かなことばっかり
繰り返してきたのか。

だけどこんなに文明が進んだ現代、
今この瞬間でさえ、
戦いで命を落とす人間がいるという事実に、
憤りとやりきれなさを感じずにはいられない。

| | コメント (0)

T-fal 買いました

080201_165447_2

やっと買いました。
奮発して、念願の
ティファールの圧力鍋・6リットル。

私が今まで使っていた圧力鍋は、
結婚当時に購入したもの。
2リットルサイズの片手鍋型のもので、
蓋の上で錘がゆらゆらする古いタイプ。

先日しみじみと眺めてみたら、なんともまあ、汚らしいこと。
おまけに錘は熱で溶けて、半分中の金属がむき出しになっている。

考えてみたら、そりゃ20年以上使ってるんだもの。

ビーフシチューとか煮豚とか中華おこわとか、よくつくったな。
今年の冬はボロ圧力鍋で、大根と肉の煮物をよくつくったわ。

これからはこの新しい圧力鍋で、美味しいものをつくるとするか。
20年使った時の、自分の年齢を考えたらビックリした。
うっひゃあ~。立派なお婆さんだなあ。

綺麗に使って、そのうち娘に譲ってもいいわね。

| | コメント (0)

私を守るもの

080131_101307

厳寒の今日この頃、
お出かけ時の私の足を守るもの。

それはコイツラだ。
「中敷カイロ・足ぽかシート」

先週雪が降った日に、
足ぽかシートをブーツに入れて出かけたら、
なんとも快適。
雪の中をタッタカタッタカと歩けました。

でも本当は、家の中にいるときに、
スリッパの中に欲しい。

だけど贅沢なので、貼るカイロのミニサイズを
スリッパにくっつけている。

それでも足は冷えている。

「それはもう、病気だよ」と、娘に言われる。

| | コメント (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »