イヴェント
「一度にたくさんのこと、できないのよ」
と、母は言う。
「今日だったら午後医者に付いていけるよ。どう?」と母を誘うと、
「…えっ……?」と絶句する。
イヤならいいんですよ、イヤなら。私だって別に、行きたいわけじゃない。
このところ暑さも一段落したし、やっと車椅子を押して近くの医者に行き、
今後かかりつけの町医者として機能してもらえるよう、話しに行こうと思っていた。
介護申請をするのにも、医者へ通院してなくちゃならないし。
母は来月の3日に、有明の癌研へ定期検査に行く。
去年も一昨年も私がつきそった。
今年の検査は去年の時点で自動的に予約が入っていたとのことで、
それを知らなかった母は、そろそろ予約を取ろうと癌研に電話して
初めてその事実を知った。
急に決まる話というのは、母を動揺させる。
「いやだわ、パーマもかけてないし」って、病院に何しにいくのよ?
それにこのところの体力じゃ、カットだけで精一杯よ。
ひとつの予定があると、他の予定を入れることができなくなる。
まだずいぶん先のことなのに、
「医者へ行くのは、癌研が終わってからにしようと思ってたの」と言う。
そして「ごめんね」と私に謝る。「一度にたくさんのこと、できないのよ」
別に謝ることはないです。
なかなか行けなかったり行きたくなかったりする自分に、
罪悪感を抱いているのは私だから。
一度にするわけでもないし、たくさんのことでもないけれど、
今の母のキャパシティはそれでもう、いっぱいいっぱいなんだろう。
イヴェントは、月にひとつくらいでちょうどいいのかな。
11月に練馬文化センターで開かれる、錦織健のコンサートチケットを、
この間チケピでとってあげた。
コーラスの友人と一緒に行く予定だそうだ。
先に楽しみがあるというのはいい。
もっと涼しくなれば体調がよくなると、母はまだ信じている。
去年は涼しくなっても寒くなってもダメだった。
この頃たまに、息子が幼稚園の頃の母を想い出す。
娘の保護者会とかで母に子守を頼んだ日、向原団地の中の遊歩道を、
駅のほうから元気に歩いてくる母の姿を想い出す。
あの頃はまだ、元気だったなあ。花がたくさん咲いていたよね。
考えてみれば、あの頃から十年という月日が流れたのだ。
お母さん、十年の間に、いろいろなことが変わったよね。
いいとか悪いとかじゃなくて、だけどほんとうに、
たくさんのことが変わったよね。







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