「リハビリの先生が、どうしても家族の人に
練習を見てもらってほしいって言ってるのよ」
以前から何度かそんなふうに、母は言っていた。
そして先週末、姉が病院へ行くと、
いつもは月曜の午前中のリハビリが、2日の日だけ午後に変更になったとのことで、
「晶子が見学に来ることになっている」と母は明言したそうだ。
土曜の晩に姉から電話をもらい、私はそんな話を初めて聞いた。
勝手にスケジュールを決められてしまったよ。
私は半信半疑のまま、とりあえず今日、
いつもよりもだいぶ早くに家を出たのだった。
病室の母は、昼食が終わったばかりだというのに、私の顔を見るなり
「お腹空いちゃったぁ」と言い、それから
リハビリ室に行くために、黒地に金のビーズのついたよそゆきカーディガンを
着るのだと言ってみたり、ふわふわモヘアのカーディガンを
「それは寒い」などと言ってみたり、今着ているピンクの病院おそろいの
パジャマの襟についた食べこぼしのシミを恥じて、
「一年もこれを着てるのよ!」と不愉快そうに顔を歪めたりと、
なんだかワケのわからないことになってしまっている。
1時を少し過ぎてリハビリの先生(おそらく40代男性、結構ハンサム)が
お迎えに来ると、私の顔を見るなり、「おや??」という顔をする。
やっぱりね、って思う。
「そうですね。ご家族の方もたまにご覧になってもいいですね」って言う。
ほらね。どうしても家族にリハビリ風景を見てほしいのは、
先生じゃなくって母のほうなのだ。
車椅子に移動した母とリハビリの先生と一緒に、
エレベータで2階のリハビリ室に移動した。
以前も先生にリハビリについての説明を受けるために
訪れたことはあるけれど、リハビリ室はとっても広くて開放的で、
たくさんの入院患者さんが、いろんなことをしている、
っていうか、されている。
母はそんな中でもナンバーワンに身体の硬直が激しい患者なので、
周りで足を軽々と上下しているおじいさんや
トコトコ歩いてぬいぐるみをかがんで取ってくるなんていう動作をしている
おばあさんなんかを見ると、なんて幸せそうなんだろうって思う。
マットの台に座ったままで、次は仰向けで、
先生は母の身体を少しずつ曲げて、ちょっとずつ捩じり、伸ばしていく。
やっぱりプロだなあと感心する。
そして他のどのスタッフもそうだけれど、患者さんの身体に触れながら、
常に言葉がけをしている。いろんな話をしながら、笑顔を向ける。
ほとんどが20代くらいの若い男女スタッフだ。
立派な仕事だなあと思う。
「これは見てもらって、ご家族に覚えておいてもらってもいいですね」って
母の手首と指のストレッチ方法を教えてくれる。


ふむふむ。なるほどと思う。
先生が、「いつもじゃなくていいから、
お嬢さんがいらしたときに
時々やってもらうといいですね」って言うと、
「すぐ帰っちゃうから、そんな時間ない」
だなんて、憎らしいことを母は言う。
えぇ~、結構しっかり滞在してるじゃないですか…。
母いわく、リハビリ室にはいつも、家族がたくさん見に来ているんだって。
お金持ちそうな家族は、皆、いつも見に来てるんだって。
広いリハビリ室のどこにも、誰ひとりとして、
患者の家族の姿なんか、なかったわよ。
最近母の隣のベッドに新しく、80代後半くらいのおばあさんが入院してきた。
おばあさんの二人の娘が毎日かわるがわるやってきて、
とても優しく接していくのだ。
二人ともとても上品で感じのいい、50代後半~60歳くらいの女性だ。
身につけている服もバッグも高価そうで、それでいてさりげない。
「綺麗な人たち!金持ちそうね」と、入院当日私に囁いた母は、
その女性たちの前では殊更に気遣いを見せ、作り笑いまでして見せる。
帰り際には「お気をつけて」なんて言葉までかける。
母はとことん見栄っ張りなのだ。
隣のおばあさんの入院後まもなく、
「入院の荷物を、クレーン車で吊り上げて窓から搬入してた。
そんなのって信じられないわ」と妄想爆裂の母だったので、
かなりの羨望をもって、日々を過ごしていたらしいのだ。
リハビリ室の母は実際、私の存在など気にもとめず、
結局母の嘘は、「私だって、大切にされてるのよ」っていう、
隣の二人の娘さんたちへのアピールだったのかもしれない。
金持ちの家族がリハビリ室に同伴するらしいから、
「私だって金持ちなのよ」ってアピールしたかったってこともあるのかも。
ああ、お母さん、ごめんなさいね。
私、今日着てたカーディガン、毛玉とかついてて、
貧乏くさかったかもしれないわ。
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