病院からデニーズ

昨日の夕飯時には、病院に付き添える者がいなくって、
母は「遠くのおかずに手が届かなかった」らしい。
お盆の目の前にあるご飯と漬物は食べたけれど、
お盆の奥にあるおかずに手を伸ばして食べるのがしんどかったので、
食べなかった、という意味らしい。

今日の昼間は二番目の姉が付き添い、
夜は私が娘を連れて病院へ行き、付き添った。

「ねえ、奥の器に届かなかったら、お盆を回転させて向きを変えるとか、
してみなかったの?」と訊くと、
「思いつかなかった」と母は言う。

一日ほぼ仰臥状態でいると、血圧は上がっている。
だから母の顔はしっかりとしていて、おしゃべりも滑らかだ。

母は今、ポータブルトイレをベッドサイドに置いて用を足している。
入院時には、トイレを使うときは必ずナースコールをする様に言われていたのに、
血圧が高めで元気なせいで指示がかわったのか、
ひとりでベッドから降りてトイレをしている。

おまけに昨晩、夜中に目が冴えてしまったので、
廊下をフラフラ歩いてみたという。
「何しに!?」と訊くと、「足慣らしよ」と答える。

足なんか、慣らさなくっていいですから。倒れたらどうするの。
すぐに年配の看護師に見つかり、許可は出ていないと注意され、
すごすごと病室に戻ったという。アブナイアブナイ。

夕食後、母のぐちゃぐちゃを聴き、なんやかんやを世話して、
娘とバスに乗って自宅に向かった。
明日から試験の息子を呼び出し、三人で、
近所のデニーズで食事をしたのが8時半。

「何年ぶりだ?」と息子が言う。
そういえば娘と息子と私の三人で外食するのって、
もしかしたらほんとうに久しぶり。
どちらか片一方とならたまにはあるけれど、
こういうシチュエーションは、確かに久しぶりだった。

明日の夜も、付き添いが要るな。
だけどこういう時ってほんと、一人娘じゃなくって良かったと思う。
私ひとりで抱えるかと思ったら、それはそれは大変だもの。

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昨日、母が入院した。
正確にいえば、入院させた。

このところ私は、朝からおにぎりをつくって母を見舞い、相手をして、
仕事をして、医者へ連れて行き、を繰り返していた。
月曜から水曜まで同じようなパターンを繰り返した。

抗鬱剤を飲んだ母はその晩、また眠れなかった。
寝付いて2時間後に目が覚め、その後朝まで一睡もできず、
手足の震えに怯えていたという。

水曜日はだから一日体調が悪かったのに、
午後かかりつけの医者へ行くと言い張る。前日の精神科の報告をするという。
手足の震えについても話したいという。
でも医者は専門外のため、どうすることもできない。
一週間受診を待たずに翌日もう一度精神科を受診して、
薬を替えてもらえばと言う。私はもう、ゲッソリする。

その日の夕方、ケアマネさんに電話して、介護認定変更のことについて
訊ねるついでに、今の様子を報告した。
すると入院させたほうがいいという。

母はその日、特別に様子がおかしかった。
一緒に寝るよという娘たちの申し出を断るので、夜に見に行くと、
母の身体は硬直して、足が前へ出ない。とんでもない形相をしている。
虚ろな目は瞬きもせず、どう見ても正常ではない。
トイレにも行けない。ベッドの上でも動けない。
上の姉とふたりがかりでどうにかトイレを済ませ、ベッドで身体を移動させた。

夜中にそっと見に行くと、母は寝息をたてていた。
これはもう、精神科で薬の調整などといっているレベルの話では
ないのではないか。とにかくこの低血圧をなんとかしなくては、
そしてもしかして何か重篤な病気が隠れているのかどうか、
もう一度調べたほうがいいのではないか、そんな結論に達した。
内科や精神科、一通り揃っている病院へ行くべきだと、姉と相談した。

そして昨日、姉が調べて評判もきいたことがあるという、
比較的近い総合病院へ、私がタクシーを呼んで連れて行った。
母をなんとか説得した。
タクシーを降りて、病院の入り口ですぐに車椅子を借りた。
紹介状もないけれど、とりあえず内科を勧められ、順番を待った。

トイレに行きたいと母は何度も言う。
待っている間に2回車椅子を押して行ったけれど、「出ないわ」と言う。
「こんなに狭いトイレじゃ、息苦しくて出るものも出ない」と文句を言う。

担当医にひととおり病状を話して、本当に今困っていると訴える。
アブナイ事を告げる。私は入院してほしかったからだ。
「検査入院ならできますよ」ということになった。
母は厭そうな顔をする。「今日なら個室がたまたま空いてます」と言われ、
上手く母を説得し、すぐに入院させてもらうことにした。

担当医は「パーキンソン病の顔をしてますね」と軽く言う。
パーキンソン病だと、低血圧も鬱症状も出るという。
身体の強張り、足のすくみ、独特の仮面様顔貌…。
今までも実は何度か、パーキンソン?という説は、家族の中であった。
けれど癌研でも女子医大でも、あらゆる検査を定期的にしてきたし、
脳のMRIだってCTだって全部やってきて、常に異常なしだったのだ。
パーキンソンは血液検査ではわからないという。

病室のベッドの上の母は、身体が動かず、方向転換もできなかった。
私がどう支えても動かないので、仕方なく頭を逆にしたまま寝かせた。
検査を少しして、部屋へうつり、遅い昼食をとり、問診がおわって
私が病院を出たのは3時すぎ。
それから入院のしたくをして、荷物を詰め、上の姉と一緒に
もう一度病院へ向かった。

すると母の血圧は今度は異様に高く(興奮したのかも)、
すっかり上機嫌である。いくらか動くこともできる。
昼間までの母が嘘のように、いくらか笑顔も見せる。まるで別人だ。

帰宅したのは夜の8時近かった。帰りのバスの中で、強烈な眠気が襲ってくる。
どうしようもなく疲れていることに気づく。
夜中に姉と、お互いネット上で検索しながら電話で話し合う。
調べてみると、パーキンソンではなく、パーキンソンによく似ているが
別のひとつの病気に、症状がぴったりだということがわかる。
薬が効かないとある。進行が早いとある。

癌みたいに、早期発見して病巣をすべて摘出すれば大丈夫というものとは違う。
早くから分かっていたとしても、変わらなかったかもしれない。
それでも家族の気持ちのもちようが違っただろう。
母をみる目が違ったかもしれない。

もちろんその病気だと判明したわけではなくって、まだ事実はわからない。
明日、脳のMRIを撮るのだという。神経内科が専門になる。
母がもしその病気だとしたら、すでに発症から数年以上経過している。
病気のレベルでいえば、既に最終レベルの下から二番目のステージに
到達しているのかもしれない。

さあて、これからどうなるか…。
母は検査入院だから、あと3~4日で退院すると思っている。
実際はどうなるかわからない。
長く厳しい介護の道が続くのか、他の方法があるのか、
何をどうするのがいいのか、どうできるのか…。
今はまだわからない。

だけど結局は、なるようにしかならなくて、まあ、どうにかなるよ。
先のことを思い悩んでも仕方ないね。
一年後の自分がどこにいて何をしているかなんて、案外わからないものだよ。

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おにぎりの日々

また母の話題だよ。
だってそれも仕方ない。結局かなりの時間を母に費やされている。

今朝、10時からのセッションの前に、母の部屋を覗いた。
玄関から入ってすぐの、トイレにも寝室にも母はいない。
リビングのソファにもいないぞ、っと思った次の瞬間、ギョッとする。

キッチンとリビングの中間地点で、母が直立不動で目を見開いている。
手には、桃の載ったお皿とナイフ!
瞬きひとつせず、指一本動かさず、いくら呼びかけても何の反応もない。
すぐにお皿とナイフを手から取り、
「わかる?お母さん?」と訊いても、目はうつろに、でも妙に鋭く見開いたまま、
ピクリともしない。
下手をすると前にバタンと倒れそうなので、両肩を支えて、
とにかくソファに座らせようとするけれど、足が一歩も前へ踏み出せない。

やっと意識が戻って、ヨチヨチと、それこそ5センチほどの歩幅で歩いて、座る。
いつからそうしていたのか、自分ではわからないという。
そんなに長くはないという。それでも私がドアを開けて廊下を歩いて入ってくる
少し前からは、そのままの格好で立っていたことは間違いない。
立ったまま、目を開けたまま意識が遠ざかるってこと、あるのね?

「血圧、今日は下が32…」という。
なんだかもう、それって生きてない。
もうほんとに一人にしておけないから、どこか入院でもさせとくれ~。

一昨日は「一睡もできなかった」と言う。睡眠剤が効かないと。
眠れない、身体も動かない、「もう死にたい」と母は言う。
「睡眠薬を替えてもらうの」と言い張り、主治医のところへ車椅子を押していった。
抗鬱剤は血圧を余計に下げるっていう。
専門の医師に診て貰ったほうがということで、近くの精神科に紹介状を書いてくれる。

今日の午後は歩いて20分弱のそこの医院まで、暑い最中、車椅子を押していった。
重いものを押して歩くと、汗をかくわね。喉もからからになってしまった。

先生は佐々木恭子アナ似の綺麗で優しい女医さんで、
すごく時間をとって話を聞いてくれる。
何か血圧の面で新しい展開を期待したけれど、その異常な低さについては
困るばかりでどうにもできない。昇圧剤も効かないっていうんじゃ、
そりゃどうしようもないわよ。
問診の結果でも明らかに鬱なので、抗鬱剤をとりあえず少量から始めて
様子を見ることになった。母の顔は完全に無表情だ。

抗鬱剤が効いて、いくらか気持ちが元気になって
それで血圧が上がることを期待するけれど、
これ以上血圧が下がるようなことになったら、もう廃人だ。

診察室を出て行く頃には、少し元気になって、笑顔が出る。
ちょっとした軽口なども口から飛び出す。やっと人間に戻る。

母はこの頃おにぎりとかのりまきとか、そんなものしか食べたがらない。
今日はお昼のメニューをいくつか提案したけれど、
どれもものすごくイヤな顔をして拒否をする。「見たくもない」なんて言う。
こんなに弱っても、母はまだ我儘だ。
「おにぎりがいいわ」って言う。
だから昨日も今日も、私はおにぎりばかりつくっている。

最近娘がおにぎりをお弁当として持って行きたがり、
今日は息子がおにぎりを持って行くというので、
結局なんやかや、私は日々、誰かのためにおにぎりをつくっている。

もう私、おにぎりやに転職しちゃうわよ。

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どうすればいい?

母の老化と衰弱が、加速度を増している。
母はもう、驚くほどゆっくりとしか歩けない。
立ち上がるのも身体を動かすのも、信じられないほどのろい。

梅雨に入ってから、低血圧は更にひどい。
今夜も夕飯を食べに我が家へ来るなり、死にそうな顔をしている。
食欲もあまりない。それでもご飯は茶碗1杯はしっかり食べる。
おかずをあまり食べない。

そして食後にソファに移ると、姿勢が固まったまま呆けている。
「何か憂鬱なこと考えてるの?それとも何にも考えてないの?」
と訊いてみると、「なんにも考えてないの…」と呟く。
頭の中が真っ白なのだ。

「帰るわ。ごちそうさま」と言って立ち上がり、無表情で廊下をトコトコと歩き、
玄関でサンダルを履くのに、一度座り込んでしまう。
どうにか立ち上がって、でも我が家の玄関には手すりなどないので、
私の腕につかまらせる。

母の部屋までついていき、中に入って血圧を測ると、
上が66、下が42だ。
食後は特に下がるのはわかっているけれど、
このごろは一日中、こんな感じに近いのだろう。

母は自分が動けないことに、絶望を感じている。
以前は立っていると血圧が下がって倒れたけれど、
この頃は座っていてもダメなのだ。
動けないからますます筋力は衰え、マッサージの人にアドバイスされても、
自分で頑張って何かを続けるとか努力するという精神力はない。

「とにかく自分の身体を少しでも触ってるといいんだって。
マッサージとか運動じゃなくっても、とにかく擦るだけでもいいんだって」
と教えると、「そうよ」と当然のように言うのだけれど、
もう手を動かして自分の脚を擦る気力もないようだ。

昨晩は、睡眠導入剤を夜中に半錠追加して、その後目覚めて
トイレに行ったところ、ふらついてトイレの中で倒れて動けなくなったという。

いろいろな提案も、母は嫌だという。
変化を嫌う母の、でも急速にやってくる老化の波に、
どう対処すればいいっていうんだろう。

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芋は招くよ

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なんだかビミョウに忙しいっていうか。
いや、たいして忙しいわけでは
ないのだけれど、
体調がスッキリしないので
仕事の能率が悪いのだな。

だから少しずつ仕事がたまっていき、
家事もたまっていき、
寝不足もたまっていき、
さっさとやることやってお風呂に入って
寝ればいいだけのことなんだけど。

そういう時に限ってつい、
くだらないものが気になって、写真を撮りたくなり、
そうして飽きもせず、つまらないブログを綴る。

ほらほら。
たまねぎを使おうと野菜のカゴを覗いたら、
サツマイモが虫みたいになって、手招きしてたわよ。

こんなささやかなことに喜び?を感じる私って、
とっても安上がりでシアワセ者。

淋しい女、とも呼ぶのかしら。

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なんとかしたい

Hana

結局どうのこうので、
今週は身体が重かったなぁ。

「冷え」は万病のもと。
うう~ん…、別に私は万病だとかって
実感したことはないけれど、
首や肩や背中や腰が、
そうね下半身も、
要するに全身がこってしまって
どうしようもなくなるのだと、よ~く理解した。

首こりに効くヨガっていうか、まあストレッチだわね、
そんなのを一生懸命にやったり、温めてみたり、
お駄賃を渡したり渡さなかったりで息子に揉んでもらったり。

体調が悪いと体重が重いのよ。
身体が浮腫むから。
身体が浮腫んでいるときは、やっぱり体調が悪いのよ。
この歳になってようやく、自分の身体が見えてきたように思う。

そう、だから鏡に映るブヨリとした身体を見ても、
「浮腫んでるわ…やっぱり」などと思い込むようにして、
太ったのだ、という事実から、目を背けようとしているってこともある。

血液サラサラの、軽くて綺麗な身体が欲しいよ。

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5日遅れの

今夜は久しぶりに、娘がいる。

生まれてから今年はじめて、誕生日のお祝いをしていないことに、
娘も若干気持ちがのこっているようだ。
「今さら、ケーキ食べたいか?」
って、バイトから戻った娘が、昨夜私に訊く。

「いつまでお祝いとかするの?」と訊くので、
「ハタチの今年から、やめる?それとも今年を最後に、やめる?」
と私が言うと、
「じゃ、とりあえず、今年はやるか」と応える。

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今日、たまたま夕方
比較的時間に余裕のあった姉に
ケーキを頼んだ。
もたれるから、生クリームは少なめにねって。

「ダークチェリー?桃?アンズ?メロン?」
と姉が訊くので、
「じゃ、桃ね」と答えたのに、
姉が持ってきたケーキはメロンだった。
メロンショートケーキだよ。

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「今年もやっぱり、
きいちゃんのお祝いをするよ」と
息子に言ったら、
「これからもずっと、
やればいいじゃないか」と言う。

そうだよね。
どこにいるか、誰といるか、
この先のことは家族の皆、わかんないけど、
それでも年に一度の誕生日くらい、
どこからか集まって、お祝いしたって、いいよね。

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ミドリの薔薇よ

Bara

ほら。
緑色の薔薇の花よ。

今日の薔薇はいい感じ。

私はこれからもずっと、
小松菜の茎を切り落とすたび、
幸せになるのよ。

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低血圧

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夕方、母と下の姉が散歩に行く。
そういえば私は最近、
母の車椅子を押していない。
近所への用足し、散歩は、
この頃二番目の姉が面倒みてくれている。

母ははじめ、車椅子を手で押して、歩いていく。
そうして疲れると、座って押してもらうパターンだ。

母はめっきり痩せた。
姉も薬の副作用か歩きすぎのせいか、
ものすごく痩せた。

出先からチャリンコで戻った私が二人に気づいて、
背後からシャッターを押したのに、
二人はまったく気づかず、歩いていく。

なんだかよくわからない世界に行っちゃってるよ。

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地を這う

昨日は私、朝から出かけていた。
娘の誕生日だったので、毎年そうしていたように
ケーキでお祝いし、娘の好物をつくり…と考えていたけど、
「家で家族でケーキ食べるなんて、死んだほうがいい」と娘が言うので、
まあそんなもんかとも思い、やめておいた。

考えてみればハタチにもなって、
くたびれたような母親とつまらなさそうな弟と、
(日曜の晩なので)ヨロヨロの祖母も一緒に祝うバースデーだなんて、
思いきり憂鬱にちがいないね。
きっとなんやかや、事情は知らないけれど、
彼と一緒に過ごすことができなっかったってわけだね?
娘は過敏になっている。
なにがなんでも家にいたくなかったらしい娘から、
女友達と一緒に夕飯を食べに出かけるとメールがあった。
私は夕方家に戻って、どうしようもなく体調がダウンしたことに気づく。
久々に、死にたくなるほどの身体のコリと頭痛、ダルさだった。

今朝も寝不足は解消されず、5時45分に起きて、
鉛のような身体をひきずってどうにかお弁当をつくり、
子供が出て行ってからもう一度、30分だけ寝た。
なかなか起きられない。

ここまで体調の悪い時にこそ、
ヨーガの効果を実感してみたいものだと思い、
それこそ地面を這うようにして、大江戸線に乗り込んだ。
出かける前に、頭痛がどうにもならないとバファリンを飲んだけど、
まったく効かず。あまりにも首のコリがひどいと、鎮痛剤も効かない。

ヨーガの講師はいつも体調を訊いてくれるので、軽く話す。
頚椎の話などになり、首を冷やしちゃいけないと言われる。
私は普段から、襟ぐりが大きく開いた服が好きだ。
何故って頭がでかくて首が短いからよ。
襟の詰まった服を着ると、ひどくズングリしちゃうからよ。
それになんだか息苦しいような気がして嫌い。

それでも1時間半、みっちりヨガをやっていると、
だいぶ身体がラクになっていくのが分かる。
身体が温まって、頭の上に被っていたベールが一枚、
どこかへ消えている。目が覚めたような気がする。

自宅に戻ってしばらくすると、またダルくなる。
そこで少しヨガをやる。またラクになる。
そしてしばらくすると、まだダルくなる。
そこで食後に、息子に全身をマッサージしてもらう。
えらく気持ちがいい。

一日でいいから、何にも考えず、
何ひとつ心配ごとのない、楽園のようなところで過ごしたいなと想う。
まあ、誰でもそう想うわよね。

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