20分で断念

今日、「行かなくちゃ」と思って、ティップネスに行った。
行きたくないのに行った。

最後の決め手、有酸素運動のクロストレーナー。
レベル5で30分間を目標にしてるんだけど、
今日はなんだか気分が悪くなって20分で断念。

心拍数がやたらに上がったのかしら。
マシンから降りても、心臓のドキドキが止まらない。
汗もひどいので(これはいつものこと)、
しばらく椅子に座って呼吸を整えた。

気持ち悪いのが少しずつおさまり、汗もおさまって、
本日は終了。

誕生日の翌日に、こんな馬鹿らしいことで死ぬなんてイヤ。
絶対にイヤ。

やはりどうにも私は、運動が好きではないらしい。

「早くやめれば?」と、運動神経がやたらにいいくせに
スポーツを毛嫌いしている娘に言われる。

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しあわせな母親

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今夜の私の誕生日ディナーは、
娘が用意してくれた。

コレ、私の顔だって。

娘が大好きだっていうパプリカと、
それほど好きじゃないっていう
トマトを使って、
「お母さんの顔だよ」と、
「49って入れてみたよ」だそうだ。
言っとくけど、娘は21歳だからね。

メインディシュはハンバーグ。
粉ふきイモと野菜添え。
こちらは娘の名誉のために、画像は控えよう。

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それから、娘が買ってきてくれた
モンブランケーキ。

キャンドルをバラで買っても高いので、
4と9の数字キャンドルを買ってきてくれた。

痛々しいくらいに明快である。
逃げも隠れもしません49歳です、
っていう感じだ。


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子供たちから私への、プレゼント。

娘は「お母さんの欲しい動物を買う時間がなかった」と言い、
私が別に集めている、陶器製の小物入れをくれた。
チーズ風ティーポットの上にネズミがのっている。

それからバラの香りの練り香水と、バースデーカード。
実はカードがいちばん嬉しかったりして。
ちょっと感涙もののメッセージが裏に書いてある。

息子は恒例チロルチョコ。
「甘栗むいちゃいました」は売ってなかったと言い、
以前につくった自作の「タコ」を欲しいかと訊かれ、
「正直特に、欲しいっ!ってことはないけど」と素直に答えると、
彼自身迷った挙句、部屋に戻ってさらに「子ダコ」を持ってきて
私にくれる。

彼の名誉のために書いておくけれど、
別に知的に何か問題があるってわけじゃあないです。
一応そこそこの進学校で、最近成績も結構良いんです。

息子の前で昨日、マッサージの愚痴をこぼしてみたら、
「誕生日ってことで…」と、長い時間ものすごく丁寧で気持ちのいい
全身マッサージを施してくれた。
息子のほうのが、よっぽど気持ち良かった。

「物」を期待しているわけじゃないものね。
嬉しいのは気持ちよ。

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感情労働

脳と心と身体の疲れが溜まっている。

仕事のない日は母の病院通いで、
っていうか正確には、病院通いの曜日には仕事を入れないように
しているっていうだけで、
病院に行けばまた、母のわけのわからない話につきあい、
陰湿な妄想を適当に受け流し、息子のネタや自分の自虐的なネタなどで
笑いをとる努力をし、身体のケアをして、洗濯物を持ち帰り。

憂さ晴らしのためにも、土曜日に一日外出をして、
日曜日は心理療法講習会に参加し、
昨日は特例で朝から仕事をして、午後から母の病院へ。

そしてこの数日間、下の姉からたびたび電話攻撃。
受話器から炸裂する愚痴と、ほとばしる激情を受け止める。


今日は久しぶりに家でゆっくりケースをまとめて雑用もこなし…と
張り切っていたのに、脳みそが動かない。
身体中の血液が滞っているような感じだ。
肩と首、全身がこっていて、ぼーっとする。頭の中がモヤモヤとする。

いくらPCの画面を見つめていても、どうにも頭が働かないので、
諦めて、近所のマッサージやに電話。1時からの予約を取る。
本当は明日の私の誕生日に、ご褒美としてマッサージに行こうと
画策していたのだが、一日前倒しすることにした。

思いきって電話口で、「男性の方に…」と要望を伝えることができた。
「男性スタッフで、1時から、ご予約承りました」と明るく言われ、ほっとする。

でもね、私は今日はっきりと分かった。
マッサージを施術する人にも、本当に向き不向きがあるんだ。
はっきりいって、今日の人、最高に下手だった。
もう、せめて半額返してくださいよぉ…

いちばん辛かった首なのに、皮肉なことにそのあたりのマッサージが
最低に下手くそで、首を片手でへんな角度にひねった状態で
もう一方の手でグイグイするのだが、
ああ~、もう書くのもイヤだ。もうやめたっと。
とにかくなんだか身体中がイライラして、気がおかしくなりそうだった。

施術した男性は30代後半と見たが、どう見ても経験は浅いようで、
身に付けたばかりの知識をあれこれと口にしたがる。
お願いですから黙っていてください。私は極楽の中で眠りたかったのに。
過去に右膝を痛めたことはないかとか、左の歯で物を噛む癖はないかとか、
右腕で何か普段から重い物を持つ作業をしてないかとか、
もう、どれも当てはまりませんから。

店を後にして買い物に行ったけれど、だるさはほとんど変わらず、
まあそれでも、10の辛さが8.5くらいには減ったかしら?っていう程度。
6000円かけて、マイナス1.5は哀しい。

家へ帰り、ヨガを少しやる。
身体をひねった時のきしみ感としんどさは、ゆうべと変わらない。

高いお金を払って何らかの施しを受けて、不満足で帰るこの気分…。
自分の仕事に置き換えて、クライアントさんの立場になって想像してみると、
いやはや、身の引きしまる思いです。

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母の嘘 

「リハビリの先生が、どうしても家族の人に
練習を見てもらってほしいって言ってるのよ」

以前から何度かそんなふうに、母は言っていた。

そして先週末、姉が病院へ行くと、
いつもは月曜の午前中のリハビリが、2日の日だけ午後に変更になったとのことで、
「晶子が見学に来ることになっている」と母は明言したそうだ。

土曜の晩に姉から電話をもらい、私はそんな話を初めて聞いた。
勝手にスケジュールを決められてしまったよ。

私は半信半疑のまま、とりあえず今日、
いつもよりもだいぶ早くに家を出たのだった。

病室の母は、昼食が終わったばかりだというのに、私の顔を見るなり
「お腹空いちゃったぁ」と言い、それから
リハビリ室に行くために、黒地に金のビーズのついたよそゆきカーディガンを
着るのだと言ってみたり、ふわふわモヘアのカーディガンを
「それは寒い」などと言ってみたり、今着ているピンクの病院おそろいの
パジャマの襟についた食べこぼしのシミを恥じて、
「一年もこれを着てるのよ!」と不愉快そうに顔を歪めたりと、
なんだかワケのわからないことになってしまっている。

1時を少し過ぎてリハビリの先生(おそらく40代男性、結構ハンサム)が
お迎えに来ると、私の顔を見るなり、「おや??」という顔をする。
やっぱりね、って思う。

「そうですね。ご家族の方もたまにご覧になってもいいですね」って言う。
ほらね。どうしても家族にリハビリ風景を見てほしいのは、
先生じゃなくって母のほうなのだ。

車椅子に移動した母とリハビリの先生と一緒に、
エレベータで2階のリハビリ室に移動した。

以前も先生にリハビリについての説明を受けるために
訪れたことはあるけれど、リハビリ室はとっても広くて開放的で、
たくさんの入院患者さんが、いろんなことをしている、
っていうか、されている。

母はそんな中でもナンバーワンに身体の硬直が激しい患者なので、
周りで足を軽々と上下しているおじいさんや
トコトコ歩いてぬいぐるみをかがんで取ってくるなんていう動作をしている
おばあさんなんかを見ると、なんて幸せそうなんだろうって思う。

マットの台に座ったままで、次は仰向けで、
先生は母の身体を少しずつ曲げて、ちょっとずつ捩じり、伸ばしていく。
やっぱりプロだなあと感心する。
そして他のどのスタッフもそうだけれど、患者さんの身体に触れながら、
常に言葉がけをしている。いろんな話をしながら、笑顔を向ける。
ほとんどが20代くらいの若い男女スタッフだ。
立派な仕事だなあと思う。

「これは見てもらって、ご家族に覚えておいてもらってもいいですね」って
母の手首と指のストレッチ方法を教えてくれる。

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ふむふむ。なるほどと思う。

先生が、「いつもじゃなくていいから、
お嬢さんがいらしたときに
時々やってもらうといいですね」って言うと、
「すぐ帰っちゃうから、そんな時間ない」
だなんて、憎らしいことを母は言う。
えぇ~、結構しっかり滞在してるじゃないですか…。


母いわく、リハビリ室にはいつも、家族がたくさん見に来ているんだって。
お金持ちそうな家族は、皆、いつも見に来てるんだって。

広いリハビリ室のどこにも、誰ひとりとして、
患者の家族の姿なんか、なかったわよ。

最近母の隣のベッドに新しく、80代後半くらいのおばあさんが入院してきた。
おばあさんの二人の娘が毎日かわるがわるやってきて、
とても優しく接していくのだ。
二人ともとても上品で感じのいい、50代後半~60歳くらいの女性だ。
身につけている服もバッグも高価そうで、それでいてさりげない。

「綺麗な人たち!金持ちそうね」と、入院当日私に囁いた母は、
その女性たちの前では殊更に気遣いを見せ、作り笑いまでして見せる。
帰り際には「お気をつけて」なんて言葉までかける。
母はとことん見栄っ張りなのだ。

隣のおばあさんの入院後まもなく、
「入院の荷物を、クレーン車で吊り上げて窓から搬入してた。
そんなのって信じられないわ」と妄想爆裂の母だったので、
かなりの羨望をもって、日々を過ごしていたらしいのだ。

リハビリ室の母は実際、私の存在など気にもとめず、
結局母の嘘は、「私だって、大切にされてるのよ」っていう、
隣の二人の娘さんたちへのアピールだったのかもしれない。

金持ちの家族がリハビリ室に同伴するらしいから、
「私だって金持ちなのよ」ってアピールしたかったってこともあるのかも。

ああ、お母さん、ごめんなさいね。
私、今日着てたカーディガン、毛玉とかついてて、
貧乏くさかったかもしれないわ。

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偶然ではないこと

昨日、大学時代の友人二人と逢った。

せっかく遠くから遊びにきてくれるっていうのに、
私はごちそうをつくってもてなそうっていう気がない。
昔の私だったらきっと、無理して長いこと準備して、
過剰に気を遣って、自分なりに最大限のサービスを提供しようと
必死になってしまったかもしれない。

だけどそういうのはもうやめたの。
私、お惣菜レベルのものなら何でもできるしそこそこ見映えするように
提供することはできると思うけれど、
やっぱり食べ物に対する圧倒的な執着心がないとそれ以上のレベルには
到達しないのだと、歳をとるごとにつくづく感じるようになった。

本当に料理の上手い人は、圧倒的に食いしん坊なのだ。
当然の話である。

圧倒的に食いしん坊ではない私は、ある程度のところ以上に
レベルアップしようっていう気概もない。
20代の女の子だったら、適当な料理をつくっても
「え~、料理上手いんだぁ~」なんて言ってもらえるけれど、
この歳になって同年代の同性を、あえて、改めてもてなそうっていうためには
相当のセンスと腕前が必要だろうと思う。

最近は、やりたくないことには無理をしないと決めている。

あ、書きたかったことはそんなことじゃなかったわ。

その二人の友人とは、学生時代にそれほど長い時間を
共に過ごしたわけではないように思う。
それでもなんとなく今でもこうやって逢ったりするのは、
やっぱりどこかで縁があるのねと思うものだけれど、
昨日ふたりのお誕生日を確認したところ、
ふたりともが私のソウルメイトであることを知った。

おお、なんという偶然!
でも、それはきっと、偶然ではなかったんだな。

私はスピリチュアルおばさんではないので、
見えない世界の事柄に特別強く惹かれることもなければ、
ソウルメイトって言葉に全身を震わせるようなことはないのだけれど、
それでもなんとなく、「ほぉ~…そういうことでっか…」という
心地よい納得感、のようなものを抱いたことは事実だ。


今日娘が、自分の少し昔の写真を保存してないかと訊いてきた。
高校生のころの娘は、デジカメで撮った写真も、プリントだけしたら
全部消してしまっていたという。
私がCD-Rに保存してあるものを探して、娘に渡した。

渡す前に自分でも一応チェックしてみたら、2004年~2006年の私の、
あまりのブスさとやつれた感に、びっくりしてしまった。
どれを見ても私は、疲れきった表情で、目が完全に死んでいる。
当時は自分なりにきちんとしたつもりだったのに、
なんでこんなにやつれていて不幸そうなのか信じられないような気がした。

今と体重はほとんど変わらないはずなのに、写真の中の私は妙に浮腫んだ印象だ。
考えてみれば、いつもいつも体調が悪かったなあ。
何か悪い気のようなものが、溜まっていたのかもしれないなあと思う。

写真を見た娘が、興奮して部屋にやってくる。
「お母さん、本当につまらなそうだったね! 本当に離婚して良かったね!」
と言ってくれる。私の変化を認め、今の私を肯定してくれる。嬉しいのぅ。

するとその直後に、元パートナーから携帯に電話が来た。

う~む…、これもまた、偶然ではないとみたぞ。

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伸びる私と動物たち

今日、やっとこさ市の無料健康診断を受けてきた。
うちのすぐ近くの総合病院へ行ったのだけど、
まあ患者の90%は老人かなって感じのところ。
お年寄り、ざっくざく!ってかんじ。
だけどだから、新型インフル感染の怖れも少ないかなと。

市の健診なんか受けてるの、60代70代の人ばっかり。
私なんか、目の下にクマなんかこさえて、
今日はなんだかぐっと老けてるわと思いながら家を出たけど、
病院へ行ったらまだまだ自分がぴちぴちのお嬢さんだったような、
錯覚に陥らせてもらいました。

数年前に受けた健診で、149.9センチといわれた身長が、
今回、150.7センチに!
やっぱり日常的に、背中や四肢を伸ばすストレッチをしているせいかと?

今日はお休みと決めていたので、
健診が終わってから、今日はじめての食事を摂り、
バスに乗って吉祥寺へ向かった。

いつも覗く、なんとかっていう雑貨屋さんで、
前々から欲しくて欲しくて、何度となく手にとって、
だけど何を買ったらいいか、どうしても決めかねて、買わずにきた
動物のフィギュアシリーズ。
コレよ、コレコレ。

ああもう、一生かけてもいいわ。
少しずつコレクションしようかしら。
だって手に取ってジッと見つめると、本当によく出来てるの。

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迷いに迷って、優しいまなざしのロバくんと、可愛いひよこちゃんに決めた。
ヒヨコを見つめるロバくんの、この慈愛に満ちた表情はどうよ?

娘と息子に、「これから私にプレゼントをくれるときには、
このシリーズのどれでもいいから買ってくれるように」と、
勝手なことを言い放っておいた。
真面目な息子は、「え、どこに売ってるの?田無にはないの?」と訊いてくる。
残念。田無にはないのよ。

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ついでにパルコ内の雑貨屋さんで、
耳垂れうさぎのチビちゃんを発見。
衝動買いする。

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母の手紙

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みちこちゃん


お葉書ありがとう。
お葉書をいただきっぱなしで、お返事を書けなくてごめんなさい。

あなたはお家のことを一生懸命にやっていらっしゃるご様子ですが、
私は返事も書けない有り様です。

第一、手が痺れて、ベッドから起き上がれないんです。
昔のように、元気に歩きたいです。

こんな泣き言を聞かせて、ごめんね。


あなたと私は、何か運命で繋がっているような気がします。
六年生の時、同じ名前のきょうだいが生まれ、
よく喧嘩もしましたね。
小学校の時の想い出は、やはり、あなたでした。

この歳になって同じような(脳の)病気になって、不思議なものです。


二人のやすこちゃんが先にいなくなってしまってから、
ほんとうに淋しくなりましたね。
昔みんなで旅行に行ったことを想い出しています。
楽しかったです。


あなたも身体を大切にしてください。

書けたら、また書きます。

さようなら。


ふみこ


2009年10月26日(月) 午後3時10分


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手紙を書きたいと母が言うので、
ノートとサインペンを渡した。

ベッドを起こして、老眼鏡をかけ、ペンを手にするけれど、
何もついていないノートの端を手で撫でながら、
「ここにプラスティックがついている」と、妙にこだわってみせる。

どうにか文字を書き始めるものの、
もう、まったく判読不可能な、米粒のような文字しか書けなくなっている。
これも病気の症状のひとつで、文字がどんどん小さくなってしまうのだ。

4行くらい綴った後に、
「なんて書いたんだか、読めないわ」と、哀しそうに顔を歪める。

「思っていることと書けることは違うのよ」と言うので、
口頭で母が語り、それを私がノートに書き綴ることにした。

母は暗い暗い顔をして、みちこちゃんへの手紙文を静かに語り、
語り終わると、「読んでちょうだい」と言う。

私は棒読みではなく、でもあまり感情をこめすぎないように読む。

「OK?バッチリ? これ、みちこちゃんに送る?」と訊くと、
母は、満足げに頷く。

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肥ゆる秋

だってお腹が空くんだもん。

油断に油断を重ねていたら、いつのまにかしっかりと
体重が増えている。

「一度にドカンとは食べられないからさぁ、
一日にちょこちょことね、軽く食事するほうが合ってるみたい。
それにそのほうが、太らないらしいよ」

などと、一気に大食いはしないかわりに、
こまめに物を摂取する自分にたいして、無駄に自己肯定していたわ。
きっとそれが、失敗のもと。

振り返ってみれば去年の夏から秋は、
やれ入院だ退院だ、ホームに入所だ、ダメだまた入院だ、
死にそうだ、ホームは退所だ、そして退院だ転院だと、
まったく母に振り回されていたこともあって、太るヒマなどなかったのだ。

母が一段落してから、今度は自分の転居のことで奔走したし、
そうか、思えばだいぶ動いていたんだわね。


それにくらべて今年の秋は。

いろんなことが落ち着いて、停滞しているわ。
私はすっかり田無に根を生やして、気づけばあまり、町を出ていない。

仕事が順調だと、ますます私は家にいる時間が増え、
椅子に座っている時間が長くなる。
代謝はますます悪くなり、血行も悪くなる。

面談中にお腹が減ってぐぅぐぅ鳴るのが恥ずかしいので(実際よく鳴る)、
食事の時間でもないのに、面談前になると意味なくパンだのバナナだのを
お腹に入れてみたりする。
それでも、鳴る時は鳴っちゃうんだけどね。

鏡を見て、「やだぁ、ずいぶん浮腫んでるわ~」とか
「便秘してたかしらぁ、下腹が張ってるみたい」と思って
BIOを14日間チャレンジしようと考えたり、
だけどそのうちにそれは、まぎれもなく脂肪なのだと、
単純に「太ったのだ」と、確信するようになる。

体重計の数字も、決して一時的な「何かの間違い」ではなく
否定しようのない事実なのだと、受け入れるようになる。

それがだいたい、自分のデブを受け入れるまでの流れだ。

だけどそれにしても、お腹がよく空くのよね。
やっぱりそれって、秋だから?

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今朝、5時45分の朝焼けと、今夕、4時38分の夕焼け。

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秋、進む

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これは、巻雲って呼ぶのかな。
空の高いところに漂っている雲。
田無駅、アスタ専門店街に続くデッキの上で。

秋は空が高いのだ。


先週の金曜日、
母の病院へ行くつもりで身支度をしていたら、
姉から電話があった。

母が前日の晩に熱を出し、
インフルエンザの可能性も否定できないため
病室を移動して、様子を見ているとのこと。

翌朝確認の電話を入れると、
母の熱はすでに下がっていて、新型インフルエンザも陰性だったという。
それでも万が一を考慮して、母は熱のある人を集めた病室に
カーテンを引いて隔離されていたらしい。
週明けまで家族の面会も控えてほしいとのことだった。

やはり病院側も時期が時期だけに、
対応が過敏になっているのは仕方のないことだし、有難いことでもある。


先週は姉の都合やらで、結局5日間、娘の誰とも面会できなかった母は、
今日私が病室を訪れると、眉を八の字にして喜ぶ。
「やっぱり、家族が来てくれると嬉しいね」と言う。

丸一週間お風呂に入っていない母は、
あっという間に薄汚れた感じになってしまっていた。
娘たちが持参する、高カロリーの美味しいおやつを食べることも
なかったせいか、いくらか頬がこけたように見える。

顔を何度も拭いたり、耳を掃除したり、手足の爪を切ったり、
顔の毛を剃ったり、足をもんだり首をもんだり、
今日はやることがたくさんあった。

「今度はいつ来るの?」と母が訊くので、
「たぶん、金曜日に来ると思うけど」と答えると、
「金曜日って何曜日?」と言う。

「金曜は金曜よぉ~」と私が言うと、
「違うよわ。何日なのよ?」と母は言う。

「この頃、何曜日が何日か、わかんなくなっちゃった…」
母は大切なものを失くしてしまったように呟く。

「そんなもん、私だって、いつだってわかんないわよ」
それは事実だ。

だけど私たちは、カレンダーや手帳を見て、
いつだって容易に確認することができるし、
時間も曜日もすべてのことが、自分の掌に握られていると、
自分の思いのままに操ることができると、
そんなふうに思っているだけだ。

行きたいところへ歩いて行ったり、
欲しいものを手にしたりすることができないどころか、
枕の位置が気に入らなくてもどうしようもないとか、
布団がズレて足元が冷えても直せないとか、
背中のあたりで下着とパジャマの裾がまるまって
モソモソするのを我慢するしかないとか、そんなふうに
自発的に何かをする身体の自由がほとんど奪われた状態で、
見当識が少しずつ狂いはじめ、
今日が何曜日の何日なのか、
あの人が来たのが昨日だったのか一昨日だったのか、
そういうことが少しずつ「わからなくなってしまった」と感じることの
本当の意味や不安や怖れを実感するのは、
間違いなく本人しかできないことだろうと思う。


母と話をしている最中に、ふいに母が右手をかざす。
「なに?」と訊くと、「爪」と言う。

ああ、爪を切ってほしいのね。
しばらく独りだったから、何かと要求が多いのね。淋しかったのね。

そしてまた母と何かの話題で話していると、
ふいに、「今、何してるか? おしっこ」
と、自分で訊いて、自分で即答している。
私と話していることの内容よりも、自分が今、オムツの中に
放っているおしっこのことに、気持ちが集中していたのだろう。
考えてみれば、ごく自然なことかもしれない。

「くっだらないわねぇ~」と、軽く笑い飛ばしておいた。

少しずつ少しずつ、でも確実に、母の認知症は進行しているんだなと思う。

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記念日

今日は離婚記念日。
満三周年のお祝いの日です。

っていっても、別に何のお祝いもしないけど。

それにしてもこの三年間、いろんなことがあったわねぇ…
実にいろんなことがありました。
中身の濃い~い三年間でありました。

大変だったけど、楽しかったなあ。
この三年の間のいろんな選択に、後悔の文字はないわ。

たくさん辛い想いをさせたけど、
娘も息子も、ほんとうにありがとう。

全盛期よりも体重が20キロも減った身体で、
今は病院のベッドに横たわっている母も、ありがとう。

お世話になった、二人の姉にも、ありがとう。

先生や友達やその他多くの、お世話になった方々にも、ありがとう。


わぁ。ありがとうを連発してみたら、
なんだかとっても善い人になったような錯覚が…。

明日からまた、頑張って生きます。
そうします。

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